2011年3月26日、砂塵舞うドバイ・メイダン。最後の直線を先頭で駆け抜ける黒鹿毛の馬体は、単なる競走馬の姿を超えていた。その瞬間、海を隔てた日本で、どれほど多くの人々が拳を握り、涙を流したことだろう。ヴィクトワールピサ。その名は「勝利のピサ」。文字通り、彼は絶望の淵にあった日本に、最も必要とされていた「勝利」を届けたのだ。
2センチに宿った執念
彼の物語を語る上で欠かせないのが、2010年の有馬記念だ。凱旋門賞での7着敗戦を経て、国内復帰戦のジャパンカップでも3着。もはや「終わった天才」との囁きもあった。しかし、ミルコ・デムーロとの出会いが全てを変えた。中山の坂、必死に追いすがるブエナビスタ。その差がわずか2センチに縮まった瞬間、彼は鼻面をぐいと突き出した。その勝利への執念こそが、彼を「世界」へと向かわせる原動力となった。
震災、そして迷いの中の遠征
ドバイ遠征を目前に控えた2011年3月11日、東日本大震災が発生。角居調教師は苦悩した。日本中が悲しみに沈む中、競馬を続けていいのか。しかし、彼は決断した。「こんな時だからこそ、朗報を」。その想いは馬にも伝わっていたのかもしれない。ドバイへ降り立ったヴィクトワールピサの気配は、スタッフが驚くほど研ぎ澄まされていた。異国の地で、彼は一国の希望をその背負ったのである。
メイダンの静寂、そして喝采
レースは決して平坦ではなかった。スタートで後手を踏み、最後方からの追走。しかし、デムーロは迷わず動いた。向正面で外から一気に順位を上げると、直線では日本馬二頭の激闘となった。トランセンドを振り切り、ゴール板を駆け抜けた瞬間、世界は静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの喝采が沸き起こった。実況の「Hope for Japan!」という叫びは、日本競馬史に刻まれる永遠の記憶となった。
「この勝利を、悲しみの淵にいる日本の皆さんに捧げたい」
――M.デムーロ
引退後、彼はトルコの地へと渡った。今なお彼の血を引く産駒たちが、異国のターフを賑わせている。しかし、あの日、暗闇に灯された一筋の光を、私たちは決して忘れない。ヴィクトワールピサ。彼は、競馬がスポーツという枠組みを超え、人の心を繋ぎ、再生させる力があることを教えてくれた、唯一無二のヒーローだった。





