Victoire Pisa

The HopeVictoire Pisa

その勝利は、
祈りであり、希望だった。

PROFILE

生誕2007.03.31
調教師角居勝彦 (栗東)
主戦騎手M.デムーロ / 武豊
通算成績15戦8勝 [8-1-2-4]
主な勝鞍ドバイワールドカップ (G1)
有馬記念 (G1)、皐月賞 (G1)
中山記念 (G2)、弥生賞 (G2)
ラジオNIKKEI杯2歳S (Jpn3)

PEDIGREE

FATHER
ネオユニヴァース
(日本) 2000
サンデーサイレンス
ポインテッドパス
×
MOTHER
ホワイトウォーターアフェア
(英国) 1993
Machiavellian
Much Too Risky

父は二冠馬ネオユニヴァース、母は欧州の重賞馬。サンデーサイレンスの瞬発力と、マキャヴェリアンから引き継いだ国際的な戦闘能力を併せ持つ。大型馬ながら小回りの中山やドバイのオールウェザーを攻略する機動力を武器とした。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 15 RUNS8 - 1 - 2 - 4
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
2011.12.25有馬記念 (G1)中山 / 芝2500mM.デムーロ8th
2011.11.27ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400mM.デムーロ13th
2011.03.26ドバイワールドカップ (G1)メイダン / AWT2000mM.デムーロ1st
2011.02.27中山記念 (G2)中山 / 芝1800mM.デムーロ1st
2010.12.26有馬記念 (G1)中山 / 芝2500mM.デムーロ1st
2010.11.28ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400mM.ギュイヨン3rd
2010.10.03凱旋門賞 (G1)ロンシャン / 芝2400m武豊7th
2010.09.12ニエル賞 (G2)ロンシャン / 芝2400m武豊4th
2010.05.30日本ダービー (G1)東京 / 芝2400m岩田康誠3rd
2010.04.18皐月賞 (G1)中山 / 芝2000m岩田康誠1st
2010.03.07弥生賞 (G2)中山 / 芝2000m武豊1st
2009.12.26ラジオNIKKEI杯2歳S (G3)阪神 / 芝2000m武豊1st
2009.11.28京都2歳S (OP)京都 / 芝2000m武豊1st
2009.11.072歳未勝利京都 / 芝2000m武豊1st
2009.10.252歳新馬京都 / 芝1800m武豊2nd
CAREER HIGHLIGHTS

不屈の蹄跡

01
Satsuki Sho
7-13
2010.04.18 / 中山 2000m

THE FIRST CROWN

第70回 皐月賞

主戦・武豊の負傷により急遽巡ってきた岩田康誠とのコンビ。道中は中団で脚を溜め、直線では絶望的な位置から馬群を縫うように鋭く伸びた。最後は一気に突き抜け、1番人気に応える快勝。混戦のクラシック戦線で、まずは世代最強を証明した瞬間だった。

TIME
2:00.8
FAVORITE
No.1
02
Arima Kinen
1
2010.12.26 / 中山 2500m

THE DRAMA

第55回 有馬記念

M.デムーロとの初コンビ。先行策から早めに先頭へ立つ強気の競馬。背後から最強牝馬ブエナビスタが猛追し、二頭が並んだままゴール。6分に及ぶ写真判定の結果、わずか「2センチ」差で勝利を掴み取った。凱旋門賞での敗戦を乗り越え、真の王者が覚醒した歴史的一戦。

1着 ヴィクトワールピサ2着 ブエナビスタ
03
Nakayama Kinen
2
2011.02.27 / 中山 1800m

THE STEPPING STONE

第85回 中山記念

ドバイ遠征を控えた壮行レース。58kgの重斤量を背負いながらも、好位から楽な手応えで抜け出し完勝。他馬を寄せ付けない圧倒的なパフォーマンスは、後にメイダンの地で起こす「奇跡」への確かな予兆となっていた。

TIME
1:46.0
MARGIN
2 1/2
04
Dubai World Cup
6
2011.03.26 / メイダン 2000m

THE MIRACLE

ドバイワールドカップ

東日本大震災から2週間後。最後方からのスタートとなったが、デムーロの判断で向正面から一気に進出。直線での粘り合いを制し、日本馬史上初の頂点へ。悲しみに包まれていた日本へ届けられた最高の吉報は、競馬の枠を超えた希望の光となった。

1着 ヴィクトワールピサ2着 トランセンド
DATA ANALYTICS

究極の
2センチ差

2010年の有馬記念。ブエナビスタとの死闘は、JRA重賞史上最短クラスの「2cm」という極限の差で決着した。これは1999年にスペシャルウィークが敗れた4cm差を上回る、文字通りのハナ差。この僅かな差が、後のドバイ制覇という巨大な歴史へと繋がっていくことになる。

2cm

MINIMUM MARGIN

有馬記念 決勝着差

※2010 有馬記念

HISTORIC PHOTO FINISH

有馬記念の極限
1999 SPECIAL WEEK (4cm)0.0s
PREVIOUS RECORD
2010 VICTOIRE PISA (2cm)-0.0s
HISTORY MINIMUM
DISTANCE RATIO-50%
GAP REDUCTION
最小着差の比較
VICTOIRE
彼はファンタスティックホース。
グレートハート。それしかない。
主戦騎手 M.デムーロ
有馬記念勝利後のコメント
こんな時に競馬か、とも思った。
でも、朗報を届けたかった。
調教師 角居勝彦
ドバイ遠征時の独白
FAN VOICES

ファンからの声

S

ドバイの夜。震災で暗いニュースばかりの中、ピサとトランセンドがワンツーを決めた瞬間、涙が止まりませんでした。競馬にこれほど救われるとは思いませんでした。

A

有馬記念の写真判定の間、場内の静寂は忘れられません。掲示板に「1」が灯った時のデムーロの涙は、まさに「ファンタスティック」な瞬間でした。

K

トルコへの移籍は寂しいけれど、彼らしい世界への挑戦。どこへ行っても、彼は日本競馬に勇気をくれた最高のチャンピオンです。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

世界を制した王者が見せた、覚悟と優しさの記録

01

夢を追うオーナーの決断

凱旋門賞挑戦時、周囲からは「菊花賞なら勝てた」との声も。しかし市川オーナーは「凱旋門賞への挑戦自体が素晴らしい」と語った。この時のリスクを恐れぬ姿勢が、結果としてドバイという更なる高みに繋がったのである。

02

デムーロの「日本愛」

ドバイ遠征前、震災のニュースに心を痛めていたデムーロ騎手。現地のインタビューでも「日本のために勝つ」と公言し、実際にそれを成し遂げた。彼の深い献身とピサの闘争心が、あの奇跡の脚を生み出したのだ。

Buena Vista
THE ETERNAL RIVAL
DESTINY

BUENA VISTA

ブエナビスタ

一世代上の絶対女王。2010年の秋、彼女はヴィクトワールピサの前に立ちはだかる最大の壁だった。ジャパンカップでの降着劇、そして有馬記念での2センチ差。二頭の激闘は、力と力の真っ向勝負だった。

一見、対照的なキャリアを歩みながらも、その蹄跡は常に交差し、互いを高め合った。彼女という最強のライバルがいたからこそ、ピサは世界一へと続く厳しい道を歩み切ることができたのだ。

2010ARIMA KINEN
1stヴィクトワールピサ
vs
2ndブエナビスタ

日本を救った奇跡の脚

日本を救った奇跡の脚

2011年3月26日、砂塵舞うドバイ・メイダン。最後の直線を先頭で駆け抜ける黒鹿毛の馬体は、単なる競走馬の姿を超えていた。その瞬間、海を隔てた日本で、どれほど多くの人々が拳を握り、涙を流したことだろう。ヴィクトワールピサ。その名は「勝利のピサ」。文字通り、彼は絶望の淵にあった日本に、最も必要とされていた「勝利」を届けたのだ。

2センチに宿った執念

彼の物語を語る上で欠かせないのが、2010年の有馬記念だ。凱旋門賞での7着敗戦を経て、国内復帰戦のジャパンカップでも3着。もはや「終わった天才」との囁きもあった。しかし、ミルコ・デムーロとの出会いが全てを変えた。中山の坂、必死に追いすがるブエナビスタ。その差がわずか2センチに縮まった瞬間、彼は鼻面をぐいと突き出した。その勝利への執念こそが、彼を「世界」へと向かわせる原動力となった。

震災、そして迷いの中の遠征

ドバイ遠征を目前に控えた2011年3月11日、東日本大震災が発生。角居調教師は苦悩した。日本中が悲しみに沈む中、競馬を続けていいのか。しかし、彼は決断した。「こんな時だからこそ、朗報を」。その想いは馬にも伝わっていたのかもしれない。ドバイへ降り立ったヴィクトワールピサの気配は、スタッフが驚くほど研ぎ澄まされていた。異国の地で、彼は一国の希望をその背負ったのである。

メイダンの静寂、そして喝采

レースは決して平坦ではなかった。スタートで後手を踏み、最後方からの追走。しかし、デムーロは迷わず動いた。向正面で外から一気に順位を上げると、直線では日本馬二頭の激闘となった。トランセンドを振り切り、ゴール板を駆け抜けた瞬間、世界は静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの喝采が沸き起こった。実況の「Hope for Japan!」という叫びは、日本競馬史に刻まれる永遠の記憶となった。

「この勝利を、悲しみの淵にいる日本の皆さんに捧げたい」
――M.デムーロ

引退後、彼はトルコの地へと渡った。今なお彼の血を引く産駒たちが、異国のターフを賑わせている。しかし、あの日、暗闇に灯された一筋の光を、私たちは決して忘れない。ヴィクトワールピサ。彼は、競馬がスポーツという枠組みを超え、人の心を繋ぎ、再生させる力があることを教えてくれた、唯一無二のヒーローだった。