「選手権保持者」。その大仰な名に恥じぬ生き様を貫いた。 父ドゥラメンテ、母父モティヴェーター、いずれもダービーを制した高貴なる血を引きながら、 彼が選んだ戦い方は、最も過酷で、最も孤独な「逃げ」という道だった。 一歩でも先へ、一完歩でも遠くへ。後続の影を踏ませぬままゴールを駆け抜けるその姿は、 現代競馬において失われつつあった「ステイヤー」の誇りを取り戻させた。
父の意志、仁川の風に乗りて
父ドゥラメンテが急逝した2021年、その初年度産駒として初めてG1を勝ち取ったのが彼だった。 菊花賞、天皇賞(春)、宝塚記念。特に阪神競馬場で見せたその強さは「仁川の帝王」と呼ぶに相応しく、 直線を向くたびに沸き起こる大歓声は、彼が単なる「速い馬」ではなく、 ファンの心に熱い火を灯す「愛される馬」であったことを物語っている。
不撓不屈、最後まで前へ
凱旋門賞での大敗、天皇賞(春)での競走中止。 挫折と隣り合わせのキャリア終盤にあっても、彼は決して首を垂れることはなかった。 最後の舞台となった有馬記念。全盛期の輝きではないかもしれない。それでも、彼は迷わず先頭に立ち、 若き強豪たちを従えて中山の坂を駆け上がった。 3着に敗れはしたものの、その引き締まった馬体と威風堂々たる走りは、 まさに「選手権保持者」の最後の意地そのものであった。
伝説は次代へ
引退式の日、凍てつく冬の空に響いたオーナーの叫び。「その名は、タイトルホルダー!」。 それに応えたファンの「忘れられるわけねぇだろ!」という怒号にも似た愛。 彼は今、種牡馬として次世代にそのスタミナと根性を伝える日々を送っている。 やがて現れるだろう、彼の血を引く逃亡者がターフを揺らすその時、 私たちは再び思い出すに違いない。 誰よりも美しく、誰よりも力強く、前だけを見つめて駆け抜けた一頭の鹿毛の馬のことを。
「馬に対してはきつい性格だったが、走ることに関しては誰よりも真面目だった」
――岡田牧雄
彼が残した7つの重賞タイトルと、ファン投票の数、そしてレコードタイム。 それらは全て、彼がターフに刻んだ魂の足跡だ。 選手権保持者としての物語は終わったが、彼が私たちに与えた「逃げ切る勇気」は、 これからも競馬というドラマの中で、永遠に輝き続ける。




