わずか2年足らずの間に、彼は奈落の底から天空へと駆け上がった。 デビュー戦での敗北、ダートでの苦闘、そして落馬事故。 4歳春までのタマモクロスは、どこにでもいる平凡な条件馬に過ぎなかった。 しかし、その体に眠っていた「白い稲妻」の血は、静かに、だが確実に目覚めの時を待っていた。
遅れてきた天才の覚醒
転機は芝への転向だった。水を得た魚のように、彼はターフの上で別の生き物へと変貌する。 400万下条件戦からの8連勝。その中身は驚異的だった。 重賞初挑戦の鳴尾記念をレコード勝ち、金杯では15頭をごぼう抜き。 そして迎えた天皇賞・春。父シービークロスが果たせなかった夢を乗せ、彼は3馬身差で圧勝する。 小柄な体を目一杯に沈み込ませ、唸るように加速するその走法は、見る者の心を奪った。
怪物との邂逅、そして伝説へ
1988年秋。時代は彼に最高のライバルを用意した。オグリキャップである。 同じ芦毛、同じような境遇から這い上がってきた二頭の対決に、日本中が熱狂した。 天皇賞・秋。1番人気を譲ったタマモクロスは、なんと先行策に出る。 「勝利の半分をあきらめた」と調教師が漏らすほどの大胆な戦法。 しかし、直線でオグリキャップが迫ると、彼は二の脚を使って突き放した。 強靭な心臓と、絶対に抜かせないという闘争心。それが「白い稲妻」の真骨頂だった。 史上初の天皇賞春秋連覇。この瞬間、彼は間違いなく日本最強の座にあった。
受け継がれる魂
引退レースとなった有馬記念。彼はオグリキャップの2着に敗れた。 しかし、それは王座の交代劇というよりも、二頭の英雄が互いの力を認め合った美しいフィナーレだった。 獲得賞金4億2767万円は当時の歴代最高額。 倒産した牧場の借金を返し、関わった全ての人々を救った彼は、種牡馬としてもその激しい気性と類まれなる能力を後世に伝えた。
「勝ちにいって勝つ。強さだけでいうなら、戦後でも5本の指に入る」
――大川慶次郎
今でも、風のように鋭く差し込んでくる芦毛馬を見ると、古くからのファンは彼を思い出す。 華奢な体で巨大なライバルたちをねじ伏せ、昭和最後のターフを駆け抜けた白い軌跡。 タマモクロス。その名は、永遠の稲妻として競馬史に輝き続ける。



