Tamamo Cross

The Lightning Tamamo Cross

「稲妻」は、
二度輝いた。

PROFILE

生誕1984.05.23
調教師小原伊佐美 (栗東)
主戦騎手南井克巳
通算成績18戦9勝 [9-3-2-4]
主な勝鞍 天皇賞・春 (G1)
天皇賞・秋 (G1)
宝塚記念 (G1)
阪神大賞典 (G2)、鳴尾記念 (G2)

PEDIGREE

FATHER
シービークロス
(日本) 1975
フォルティノ
ズーシービー
×
MOTHER
グリーンシャトー
(日本) 1974
シャトーゲイ
クインビー

父は後方一気の追い込みでファンを沸かせた「白い稲妻」。母は倒産した牧場が残した最後の希望。 父の瞬発力と母系の底力が結合し、貧困の中から這い上がった奇跡の結晶。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 18 RUNS 9 - 3 - 2 - 4
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1988.12.25有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m南井克巳2nd
1988.11.27ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m南井克巳2nd
1988.10.30天皇賞・秋 (G1)東京 / 芝2000m南井克巳1st
1988.06.12宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m南井克巳1st
1988.04.29天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m南井克巳1st
1988.03.13阪神大賞典 (G2)阪神 / 芝3000m南井克巳1st
1988.01.05金杯・西 (G3)京都 / 芝2000m南井克巳1st
1987.12.06鳴尾記念 (G2)阪神 / 芝2500m南井克巳1st
1987.10.184歳上400万下京都 / 芝2200m南井克巳1st
1987.03.014歳新馬阪神 / 芝2000m南井克巳7th
CAREER HIGHLIGHTS

伝説の稲妻

01
Tenno Sho Spring
8-15
1988.04.29 / 京都 3200m

THE SUCCESSION

第97回 天皇賞(春)

6連勝で迎えた初G1挑戦。父シービークロスが果たせなかったタイトルの奪取へ。 3200mの長丁場を、小柄な体を目一杯に使って駆け抜ける。 3馬身差の完勝。「白い稲妻」の伝説が真に始まった瞬間だった。

TIME
3:21.8
MARGIN
3 Lengths
02
Takarazuka Kinen
8
1988.06.12 / 阪神 2200m

THE VERSATILE

第29回 宝塚記念

距離短縮も関係なかった。前年の最優秀古馬ニッポーテイオーを相手に、 中団から鋭く伸びて完封。 どんな条件でも勝つ、真の王者の風格が漂い始めた。父譲りの末脚に加え、先行抜け出しの自在性も手に入れた。

1着 タマモクロス 2着 ニッポーテイオー
03
Tenno Sho Autumn
6-10
1988.10.30 / 東京 2000m

THE HISTORY

第98回 天皇賞(秋)

史上初の天皇賞春秋連覇を懸けた一戦。 怪物オグリキャップとの芦毛対決に12万人の観衆が沸いた。 2番手追走という驚きの戦法で、直線の叩き合いを制す。 「稲妻」が「怪物」をねじ伏せた歴史的瞬間。

TIME
1:58.8
RIVAL
Oguri Cap
DATA ANALYTICS

史上初の
天皇賞春秋連覇

1988年、タマモクロスは日本競馬史に残る偉業を成し遂げた。 春の3200mという長距離戦と、秋の2000mという中距離スピード戦。 求められる能力が全く異なる二つの「天皇賞」を、同一年に制覇したのは彼が初めてだった。 この記録は、彼がスピードとスタミナ、そして精神力を極めて高い次元で兼ね備えた「万能の天才」であったことを証明している。

LEGEND

THE FIRST EVER

天皇賞春秋連覇

※1988 史上初の快挙

VERSATILITY

距離不問の強さ
TENNO SHO SPRING (3200m) WIN
UNLIMITED STAMINA
TENNO SHO AUTUMN (2000m) WIN
EXPLOSIVE SPEED
WINNING STREAK 8 WINS
FROM 400M-class TO G1
万能性の証明
CROSS
スタートが良かったし無理に抑えることもない。
これまでの騎手人生で最高の馬です。
主戦騎手 南井克巳
天皇賞(秋) 勝利インタビュー
勝利の半分をあきらめた。
それほどオグリキャップが強そうに見えた。
調教師 小原伊佐美
世紀の対決を振り返って
FAN VOICES

ファンからの声

S

昭和最後の名勝負、現地にいました。12万人の歓声と地鳴り。 オグリキャップも凄かったが、それをねじ伏せたタマモクロスの強さには震えました。 間違いなく最強の芦毛です。

K

種牡馬時代の彼に会いに行きました。「チカヨルナ」の看板がありましたが、 遠くから見るその姿は神々しかった。 小柄な体で巨大なライバルたちと渡り合った勇気は、私の人生の支えです。

A

ゲームでタマモクロスを知り、過去の映像を見漁りました。 貧困からの逆転劇、唸るような末脚。 ナランフレグが高松宮記念を勝った時、彼の血がまだ生きていることに涙しました。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

怪物と呼ばれた彼の、繊細で人間味あふれる素顔

01

ミネラルウォーター作戦

レースでは激しい闘争心を見せる彼だが、実は極めて神経質で食が細かった。 特に関東への遠征時は「水が合わない」と飼い葉を食べてくれず、陣営は頭を抱えた。 そこでスタッフが考案したのが、大量のミネラルウォーターを購入し、それで飼い葉を作ること。 ライバルのオグリキャップが寝藁まで食べるほどの健啖家だったのとは対照的に、 タマモクロスはスタッフの献身的な介護によって支えられていたのだ。

02

牧場主の涙

タマモクロスが頂点に立つ前年、生まれ故郷の錦野牧場は経営難で倒産していた。 生産者の錦野氏は、愛馬がG1を勝つ姿を表立って応援することさえできなかった。 天皇賞・春の日、彼は人目を忍んで京都競馬場の片隅にいたという。 かつて自分の牧場で生まれた「希望」が、最強馬となってゴール板を駆け抜ける。 その賞金で牧場名義の借金は完済され、タマモクロスは文字通り「親孝行」な奇跡の馬となった。

Oguri Cap
THE MONSTER
DESTINY

OGURI CAP

オグリキャップ

タマモクロスの物語を語る上で、決して避けて通れない存在。 それが、地方から現れた「芦毛の怪物」オグリキャップだった。

1988年秋。古馬最強の座にあったタマモクロスに、若き怪物が挑んだ三連戦。 天皇賞でタマモクロスが貫禄を見せれば、有馬記念ではオグリキャップが雪辱を果たす。 「芦毛は走らない」という古い常識を、二頭の白い馬が完全に覆した。 互いに認め合い、高め合った二頭のライバル関係は、昭和平成の競馬ブームの原点となった。

1988 天皇賞(秋)
2nd オグリキャップ
vs
1st タマモクロス

稲妻は永遠に

稲妻は永遠に

わずか2年足らずの間に、彼は奈落の底から天空へと駆け上がった。 デビュー戦での敗北、ダートでの苦闘、そして落馬事故。 4歳春までのタマモクロスは、どこにでもいる平凡な条件馬に過ぎなかった。 しかし、その体に眠っていた「白い稲妻」の血は、静かに、だが確実に目覚めの時を待っていた。

遅れてきた天才の覚醒

転機は芝への転向だった。水を得た魚のように、彼はターフの上で別の生き物へと変貌する。 400万下条件戦からの8連勝。その中身は驚異的だった。 重賞初挑戦の鳴尾記念をレコード勝ち、金杯では15頭をごぼう抜き。 そして迎えた天皇賞・春。父シービークロスが果たせなかった夢を乗せ、彼は3馬身差で圧勝する。 小柄な体を目一杯に沈み込ませ、唸るように加速するその走法は、見る者の心を奪った。

怪物との邂逅、そして伝説へ

1988年秋。時代は彼に最高のライバルを用意した。オグリキャップである。 同じ芦毛、同じような境遇から這い上がってきた二頭の対決に、日本中が熱狂した。 天皇賞・秋。1番人気を譲ったタマモクロスは、なんと先行策に出る。 「勝利の半分をあきらめた」と調教師が漏らすほどの大胆な戦法。 しかし、直線でオグリキャップが迫ると、彼は二の脚を使って突き放した。 強靭な心臓と、絶対に抜かせないという闘争心。それが「白い稲妻」の真骨頂だった。 史上初の天皇賞春秋連覇。この瞬間、彼は間違いなく日本最強の座にあった。

受け継がれる魂

引退レースとなった有馬記念。彼はオグリキャップの2着に敗れた。 しかし、それは王座の交代劇というよりも、二頭の英雄が互いの力を認め合った美しいフィナーレだった。 獲得賞金4億2767万円は当時の歴代最高額。 倒産した牧場の借金を返し、関わった全ての人々を救った彼は、種牡馬としてもその激しい気性と類まれなる能力を後世に伝えた。

「勝ちにいって勝つ。強さだけでいうなら、戦後でも5本の指に入る」
――大川慶次郎

今でも、風のように鋭く差し込んでくる芦毛馬を見ると、古くからのファンは彼を思い出す。 華奢な体で巨大なライバルたちをねじ伏せ、昭和最後のターフを駆け抜けた白い軌跡。 タマモクロス。その名は、永遠の稲妻として競馬史に輝き続ける。