1973年、日本競馬界は未曾有の熱狂に包まれていた。地方から現れた怪物ハイセイコー。その一挙手一投足に国民が酔いしれ、ダービーの日は誰もが彼の戴冠を疑わなかった。しかし、そのお祭り騒ぎの影で、鋭く研ぎ澄まされた刃のように出番を待つ一頭の馬がいた。タケホープ。英国のスタミナを継ぐその血脈は、華やかな喧騒よりも、泥臭い勝利の味を知っていた。
「フロック」と呼ばれた栄光
ダービーでの勝利。それは静寂から始まった。大外枠から忍び寄り、怪物を一蹴したタケホープ。しかし、ゴール板を過ぎても歓声は沸かなかった。スタンドを包んだのは「何が起きたのか」という当惑と、落胆。9番人気の勝利は「まぐれ」として片付けられ、彼は日本一のダービー馬でありながら、史上最も祝福されない覇者となった。続く秋の敗戦がその声を加速させる。「タケホープはフロックだった」。その言葉は、彼に関わる全てのホースマンの心に深く突き刺さった。
淀の3000メートル、証明のハナ差
汚名をそそぐ舞台は、菊花賞だった。代打・武邦彦とのコンビで挑んだ淀の長距離。直線、再びハイセイコーと馬体を並べる。一歩も譲らぬ叩き合い。観客の悲鳴にも似た声援を背に、タケホープは自らの意地だけを頼りに脚を伸ばした。写真判定の結果、ハナ差。わずか数センチの差が、彼が「本物」であることを世界に知らしめた。フロックなどではない、これは揺るぎない実力の証明なのだと。この瞬間、彼は怪物の敵役から、時代を二分する真の英雄へと昇華した。
拍車と鮮血、ステイヤーの魂
翌年の天皇賞・春。満身創痍のタケホープを、嶋田功の拍車が激しく打つ。ゴール後の彼の脇腹には、血が滲んでいたという。それは残酷な光景かもしれない。だが、そこまでしてでも勝ちたいと願う執念、それに応えようとする馬の魂がそこにはあった。華やかな脚光を浴びたライバルの陰で、常に実力だけを信じ、身体を削って走り続けた孤高のステイヤー。彼の名は、単なる「怪物を倒した馬」としてではなく、不屈の精神を象徴する名馬として、今も競馬史の奥深くに刻み込まれている。
「ハイセイコーがひまわりなら、タケホープは月見草だった」
――典厩五郎
派手な輝きはなくとも、暗闇の中でこそその真価を発揮する。タケホープがターフに残した足跡は、どんな華やかなレコードよりも重く、尊い。私たちは忘れない。怪物の影で、誰よりも力強く、誰よりも気高く駆け抜けた、不屈の二冠馬の姿を。




