サイレンススズカ:異次元の逃亡者
Silence Suzuka

The Silencer Silence Suzuka

「速さ」の向こう側へ。
誰も追いつけない、永遠の影。

PROFILE

生誕1994.05.01
調教師橋田満 (栗東)
主戦騎手武豊 / 上村洋司
通算成績16戦9勝 [9-1-0-6]
主な勝鞍 宝塚記念 (G1)
毎日王冠 (G2)、金鯱賞 (G2)
中山記念 (G2)、小倉大賞典 (G3)
バレンタインS (OP)

PEDIGREE

FATHER
サンデーサイレンス
(米国) 1986
Halo
Wishing Well
×
MOTHER
ワキア
(米国) 1987
Miswaki
Rascal Rascal

父は日本競馬を変えた大種牡馬サンデーサイレンス。母ワキアを通じてミスタープロスペクターの血を引くスピード血統。 父譲りの闘争心と、母系の卓越したスピード能力が融合し、栗毛の馬体に「異次元」のエンジンを搭載した奇跡の配合。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 16 RUNS 9 - 1 - 0 - 6
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1998.11.01天皇賞・秋 (G1)東京 / 芝2000m武豊DNF
1998.10.11毎日王冠 (G2)東京 / 芝1800m武豊1st
1998.07.12宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m水内恒弘1st
1998.05.30金鯱賞 (G2)中京 / 芝2000m武豊1st
1998.04.18小倉大賞典 (G3)中京 / 芝1800m武豊1st
1998.03.15中山記念 (G2)中山 / 芝1800m武豊1st
1998.02.14バレンタインS (OP)東京 / 芝1800m武豊1st
1997.12.14香港国際C (G2)沙田 / 芝1800m武豊5th
1997.11.16マイルCS (G1)京都 / 芝1600m川地俊彦15th
1997.10.26天皇賞・秋 (G1)東京 / 芝2000m川地俊彦6th
1997.09.14神戸新聞杯 (G2)阪神 / 芝2000m上村洋司2nd
1997.06.01日本ダービー (G1)東京 / 芝2400m上村洋司9th
1997.05.10プリンシパルS (OP)東京 / 芝2200m上村洋司1st
1997.04.054歳500万下阪神 / 芝2000m上村洋司1st
1997.03.02弥生賞 (G2)中山 / 芝2000m上村洋司8th
1997.02.014歳新馬京都 / 芝1600m上村洋司1st
CAREER HIGHLIGHTS

伝説の証明

01
Kinko Sho
1-1
1998.05.30 / 中京 2000m

THE SHOCK

第34回 金鯱賞

スタートから快足を飛ばし、向こう正面では後続が見えなくなるほどの大逃げ。 直線に入っても脚色は全く衰えず、むしろ突き放していく。 終わってみれば1秒8の大差勝ち。常識を覆すパフォーマンスに場内は騒然となった。 伝説の「逃亡劇」が完成した日。

TIME
1:57.8
MARGIN
11 L
02
Mainichi Okan
2
1998.10.11 / 東京 1800m

THE LEGEND

第49回 毎日王冠

無敗の外国産馬エルコンドルパサー、グラスワンダーとの頂上決戦。 G1馬たちを相手に、彼は自らのスタイルを貫いた。 テンの3ハロン34秒台で逃げ、上がりも35秒1でまとめる極限の逃亡。 「影をも踏ませぬ」走りで、最強のライバルたちを完封した。

1着 サイレンススズカ 2着 エルコンドルパサー
03
Tenno Sho Autumn
1-1
1998.11.01 / 東京 2000m

THE SILENCE

第118回 天皇賞(秋)

単勝1.2倍。1000m通過57秒4という驚異的なハイペース。 誰もが勝利を確信した4コーナー手前、欅の向こうで彼は突然失速した。 左手根骨粉砕骨折。夢はあまりにも唐突に、静寂の中に消えた。 「沈黙の日曜日」として語り継がれる、悲劇のラストラン。

PACE
57.4
RESULT
DNF
DATA ANALYTICS

常識を破壊する
逃亡のラップ

1998年の天皇賞(秋)。サイレンススズカが刻んだ1000mの通過タイムは57秒4。 これは短距離戦のペースであり、2000mのG1レースでは自殺行為とも言える超ハイペースだった。 しかし彼は、このペースで息を入れ、後続を絶望の淵に追いやった。 常識的なセオリーが通用しない、まさに「異次元」のスピード能力だった。

57.4

CRAZY PACE

1000m 通過時計

※1998 天皇賞(秋)

PACE ANALYSIS

極限のハイペース
AVERAGE G1 PACE 60.0s
STANDARD ZONE
SILENCE SUZUKA (1998) 57.4s
UNTOUCHABLE
TIME DIFFERENCE -2.6s
OVERWHELMING
常識との乖離幅
SUZUKA
理想のサラブレッド。
背中に翼が生えているようだった。
主戦騎手 武豊
インタビューより
3歳馬の中で
こんな動きをする馬は存在しない。
育成担当 若橋美雄
デビュー前の評価
FAN VOICES

ファンからの声

S

金鯱賞の大差勝ち、あれを見て鳥肌が立たない競馬ファンはいないだろう。 最後の直線、カメラが引いても後続が映らない。あんな光景は二度と見られないと思う。

K

あの日、東京競馬場にいました。1コーナーを回った時のあのスピード。 そして突然の静寂。武豊騎手が馬を支える姿に、涙が止まりませんでした。一生忘れません。

U

ゲームで知ってから史実を調べました。 骨折してもなお、背中の騎手を守るために立ち続けたという話を聞いて、 ただ速いだけじゃない、本当に優しい馬だったんだなと感動しました。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

異次元のスピードスターの、意外な素顔と生い立ち

01

小さかった栗毛の仔馬

誕生時、彼は平均より小さく、父サンデーサイレンスには似つかない綺麗な栗毛だった。 当時「サンデーの栗毛は走らない」というジンクスがあり、牧場長も 「かわいくて繊細だが、本当に競走馬として大成するのか」と心配していたという。 しかし、その小さな体には誰にも負けない巨大なエンジンが秘められていた。

02

雪中のド根性

北海道の育成牧場時代、冬の深い雪の中で行われた調教でのこと。 他の馬が尻込みするような状況でも、サイレンススズカは躊躇しなかった。 お腹まで雪に埋まりながらも、力強く前へと進み続けたという。 その姿を見た担当者は「こいつはタダモノじゃない」と、その精神力の強さに驚愕した。

Stay Gold
THE COMPANION
DESTINY

STAY GOLD

ステイゴールド

同じ父を持ち、同時期を駆け抜けた盟友にしてライバル。 一方はエリート街道を突き進み、一方は善戦を繰り返しながらも勝ちきれない日々。 1998年の宝塚記念、本格化したサイレンススズカに唯一食らいついたのが彼だった。

結果はスズカの勝利だったが、後にステイゴールドは海外G1を制し、種牡馬としても大成功を収める。 光の速さで駆け抜けたスズカと、泥臭く輝き続けたステイゴールド。 対照的な二頭の運命は、今もファンの心で交錯している。

1998 宝塚記念
2nd ステイゴールド
vs
1st サイレンススズカ

速さの向こう側へ

速さの向こう側へ

その馬は、誰よりも速く走ることを知っていた。 そして、誰よりも速くこの世を去ってしまった。 サイレンススズカ。彼の馬生は、まるで閃光のように短く、しかし強烈に私たちの記憶に焼き付いている。 逃げて差す。競馬の常識を覆すそのスタイルは、武豊という稀代の騎手との出会いによって完成された。

迷い、そして覚醒

デビュー当初の彼は、その溢れ出る才能を持て余していた。 ゲートでの不安、抑えきれない闘争心。G1の舞台では力を出し切れず、敗北を重ねた日々もあった。 転機は1997年の香港国際カップ。武豊との初コンビで挑んだこのレースで、彼らは「抑える」ことをやめた。 持てるスピードを解放する。逃げるのではない、先頭を走り続けるのだ。 この意識の転換が、翌年の快進撃を生むことになる。 1998年、バレンタインSから始まった連勝街道。金鯱賞での大差勝ち、宝塚記念でのG1制覇、毎日王冠での完全勝利。 彼はもはや、誰にも止められない「異次元の逃亡者」となっていた。

沈黙の日曜日

1998年11月1日、天皇賞・秋。 単勝オッズ1.2倍。15万人の観衆が見守る中、彼はいつものように先頭を駆けた。 1000m通過57秒4。恐ろしいほどのハイペースだが、彼の手応えは絶好だった。 誰もが勝利を、そしてレコードを確信した4コーナー手前。 突然の減速。悲鳴に変わる歓声。 左手根骨粉砕骨折。彼は痛みに耐えながらも転倒せず、必死に踏ん張って背中の武豊を守り抜いた。 それが、天才の最期だった。

永遠の影法師

「もしあのまま走っていたら、どんなタイムが出ていただろう」 「もし世界に行っていたら、どんな走りを見せただろう」 私たちは今でも夢を見る。サイレンススズカという名の、終わりのない夢を。 彼は今も、私たちの記憶の中のターフを、あの鮮やかな栗毛をなびかせて逃げ続けている。 その影を踏める者は、これからも現れないだろう。

「彼はもっと走りたがっていた。だから僕も、残された時間を最善で走ろうと思った」
――武豊

記録はいつか破られるかもしれない。 しかし、あの金鯱賞の衝撃、あの毎日王冠の完璧な逃亡劇、そしてあの秋の空虚感は、決して色褪せることはない。 サイレンススズカ。彼はただの速い馬ではなかった。 彼は、速さという概念そのものを具現化した、美しくも儚い奇跡だったのだ。