サクラスターオー:菊の季節に咲いた奇跡の桜
Sakura Star O

The Miracle Sakura Star O

菊の季節に咲いたのは、
不屈の魂を持つ「桜」だった。

PROFILE

生誕1984.05.02
調教師平井雄二 (美浦)
主戦騎手東信二
通算成績7戦4勝 [4-1-0-2]
主な勝鞍 菊花賞 (GI)
皐月賞 (GI)
弥生賞 (GII)

PEDIGREE

FATHER
サクラショウリ
(日本) 1975
パーソロン
シリウス
×
MOTHER
サクラスマイル
(日本) 1978
インターメゾ
アンジェリカ

父はダービー馬、母系は名門スターロッチ系。日本が誇るスピードと底力の結晶。母を出産直後に亡くしながらも、その血に宿る勝負根性は、過酷な運命を跳ね返すための翼となった。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 7 RUNS 4 - 1 - 0 - 2
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1987.12.27有馬記念 (GI)中山 / 芝2500m東信二中止
1987.11.08菊花賞 (GI)京都 / 芝3000m東信二1st
1987.04.19皐月賞 (GI)中山 / 芝2000m東信二1st
1987.03.08弥生賞 (GII)中山 / 芝2000m東信二1st
1987.02.21寒梅賞 (400万下)東京 / 芝1800m小島太5th
1986.10.183歳新馬東京 / 芝1600m小島太1st
1986.10.053歳新馬東京 / 芝1600m小島太2nd
CAREER HIGHLIGHTS

不屈の証明

01
Yayoi Sho
1-1
1987.03.08 / 中山 2000m

THE AWAKENING

第24回 弥生賞(GII)

休養明け、6番人気の低評価を覆す衝撃。東信二騎手とのコンビ初戦で、後に三冠馬となるシンボリルドルフに次ぐ史上2位(当時)のタイムを叩き出す。この勝利の直後、彼を育てた父代わりの生産者が世を去るという、宿命の物語が幕を開けた。

TIME
2:02.1
ODDS
18.9
02
Satsuki Sho
3-6
1987.04.19 / 中山 2000m

THE FASTEST

第47回 皐月賞(GI)

「最も速い馬が勝つ」と言われる一冠目。圧倒的人気のマティリアルを尻目に、直線で力強く抜け出す圧勝劇。亡き母、そして亡き生産者に捧げる一冠。東騎手が天に掲げた人差し指は、新たな王者の誕生を世界に知らしめた。

1着 サクラスターオー 2着 ゴールドシチー
03
Kikuka Sho
5-9
1987.11.08 / 京都 3000m

THE MIRACLE

第48回 菊花賞(GI)

繋靱帯炎による半年以上のブランク。「無謀」と呼ばれたぶっつけ本番の参戦。しかし、3コーナーから進出した彼を待っていたのは伝説の瞬間だった。「菊の季節にサクラが満開!」杉本清氏の絶叫と共に、彼は「最も強い馬」となった。

TIME
3:08.0
INTERVAL
202 DAYS
04
Arima Kinen
3-5
1987.12.27 / 中山 2500m

THE ETERNAL

第32回 有馬記念(GI)

ファン投票1位の期待を背負い、王者の風格でターフへ。しかし、4コーナー手前で悲劇は訪れる。砕け散った脚を引きずりながらも、彼は最後まで倒れなかった。それは、懸命に生きた天才が最後に見せた、誇り高き美学だったのかもしれない。

1着 メジロデュレン 中止 サクラスターオー
DATA ANALYTICS

常識を覆した
202日の空白

皐月賞制覇後の繋靱帯炎。日本ダービー断念。誰もが「終わった」と思った。しかし彼は、202日という異例の長期休養を経て、ぶっつけ本番で菊花賞に挑んだ。トライアルを使わずGIを制するという、当時の常識では考えられない「奇跡のローテーション」は、彼の類稀なる素質と陣営の執念が成し遂げた不滅の記録である。

202 DAYS

MIRACLE LAYOFF

前走(皐月賞)からの間隔

※1987 菊花賞 優勝記録

INTERVAL COMPARISON

不可能な復帰劇
CONVENTIONAL PREP 41 DAYS
STANDARD
SAKURA STAR O 202 DAYS
UNKNOWN ZONE
HISTORICAL IMPACT LEGEND
UNPRECEDENTED
常識を遥かに超える休養期間
STAR O
大歓声に迎えられながら、
心は刃のように鋭く研ぎ澄まされていた。
主戦騎手 東信二
皐月賞勝利後の回想
スターオーも本望でしょう。
華やかな舞台に立って、華麗に散ったのだから。
調教師 平井雄二
年度代表馬選出時に寄せて
FAN VOICES

ファンからの声

S

「菊の季節にサクラが満開」という実況を聞いた瞬間、全身の鳥肌が止まりませんでした。あんな絶望的な状況から戻ってきて勝つなんて、漫画でもあり得ない。一生忘れられない馬です。

H

有馬記念からの半年間、千羽鶴を折って無事を祈り続けました。種牡馬になれなかったのは残念ですが、あの不屈の137日間の闘病こそが、スターオーの本当の強さだったのだと思います。

R

母を亡くし、生産者も亡くし、それでも孤独を力に変えて走り続けた物語に心を打たれました。今の競馬ファンにも、この「流れ星」のように輝いた名馬の姿を伝え続けていきたいです。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

悲劇と愛に彩られた、知られざる絆の物語

01

母の代わりを務めた手

誕生直後に母を失ったスターオーに、4時間おきにミルクを与え続けたのは生産者の藤原氏だった。馬は次第に氏の足音を聞き分け、姿が見えるだけで甘えるようになったという。人間と馬という種を超えた深い愛が、孤独な仔馬の心を支え、後の王者の精神を育んだ。氏が亡くなったのは皐月賞の直前、スターオーの最初の晴れ舞台を見ることは叶わなかった。

02

12時間の温泉急行

脚部不安に苦しむスターオーのため、平井調教師は山梨県の下部温泉から源泉をジープで運び続けた。往復12時間の道のりを自ら運転し、汲んできたお湯で朝晩マッサージを施したという。この執念とも言えるケアが、不可能と思われた菊花賞での奇跡的な復活劇を下支えした。「何としてもこの馬を立たせたい」という陣営の祈りが、サクラを秋に咲かせたのである。

Gold City
THE ETERNAL RIVAL
DESTINY

GOLD CITY

ゴールドシチー

その美貌でファンを熱狂させた「尾花栗毛の貴公子」。1987年のクラシック戦線において、サクラスターオーの背中を最も追い続けた宿命のライバルである。

皐月賞、そして菊花賞。ゴールドシチーは常にサクラスターオーの激走の影で2着に敗れた。気性の激しさと不安定さを抱えながらも、王者に食らいつき続けたその姿は、サクラスターオーの強さを証明する鏡でもあった。

共に悲劇的な最期を遂げた二頭だが、その激闘の記憶は、1980年代後半の競馬界に咲いた最も美しい火花として今も語り継がれている。

1987 SATSUKI & KIKUKA
1st サクラスターオー
vs
2nd ゴールドシチー

流れ星のように駆け抜けた命

流れ星のように駆け抜けた命

サクラスターオーという馬の名を呼ぶとき、私たちの胸には、甘美な勝利の喜びよりも先に、締め付けられるような切なさがこみ上げる。わずか7戦のキャリア。その半分以上を怪我との闘いに費やし、文字通り「命を削って」走り抜けたその姿は、昭和の終わりにターフを横切った一筋の閃光そのものだった。

孤独という名の産声

1984年、名門・藤原牧場に生まれた彼は、生後わずか2ヶ月で母・サクラスマイルを失う。乳母を拒絶し、人の手からミルクをもらって育ったその眼差しは、幼い頃からどこか大人びていたという。自分を育てた人間への深い信頼。その絆が、後に彼に課せられる過酷な運命を耐え抜くための、唯一の武器となった。弥生賞を勝ち、いざクラシックへという矢先、今度は「父代わり」の生産者・藤原祥三氏がこの世を去る。母に続き、最も愛した人間までも失った彼は、その悲しみを知ってか知らずか、ただ黙々と、自らの脚と向き合い続けた。

202日の奇跡、そして絶叫

皐月賞を制し、クラシックの主役に踊り出た彼を襲った繋靱帯炎。ダービーは夢に消えた。誰もが再起を危ぶんだ半年以上の空白。しかし、1987年11月。京都競馬場のパドックに、彼はいた。「無謀」「虐待」という批判の声すらあった復帰劇。しかし、3コーナーから彼がまくり上げた瞬間、澱んでいた淀の空気は一変した。直線、力強く抜け出し、ゴール板を先頭で駆け抜ける。杉本清氏の「菊の季節にサクラが満開!」という叫びは、まさに日本中が待ち望んだ奇跡への祝砲だった。彼は「最も速い馬」であることを証明し、その半年後、「最も強い馬」であることをも証明してみせたのだ。

誇り高き、最後の137日

運命の有馬記念。1番人気の支持を受け、第4コーナーで夢は砕け散った。折れ曲がった脚。本来ならその場で安楽死の宣告がなされるほどの重傷だった。しかし、陣営は、そしてファンは諦めなかった。馬主の「せめて種牡馬に」という願い、そして全国から届く千羽鶴。彼はそこから、さらに137日間を生き抜いた。痩せ細り、三本脚で立ち続ける過酷な闘病。5月12日、最後には残された反対側の脚までもが悲鳴を上げ、彼は静かに眠りについた。それは敗北ではなく、最後の最後までサラブレッドとしての誇りを失わなかった、崇高な生への執着だった。

「スターオーも、本望でしょう。華やかな舞台に立って、華麗に散ったのだから…」
――平井雄二調教師

彼は今、静内を見下ろす丘で眠っている。その血が未来へ繋がることはなかった。しかし、彼が残した「不屈」という名の教訓は、今も競馬というスポーツの根底に流れている。絶望の淵にあっても、愛する者のために走り、生き抜こうとする意志。サクラスターオーという名は、これからも「奇跡」の代名詞として、人々の記憶という名のターフを永遠に走り続けるだろう。