彼女の現役生活は、わずか1年半。しかしその短期間に凝縮された輝きは、三十年の時を経てもなお色褪せることはない。トニービンの初年度産駒として、クラシックの舞台には間に合わなかった。しかし、その遅れてきた天才は、マイルというカテゴリーにおいて「絶対」を証明し、日本競馬界に新たな価値観を提示したのである。
異例のデビューと飛躍
4歳の5月。同期たちがクラシックの熱狂の中にいた頃、彼女は新潟の静かなターフで産声を上げた。9馬身差の圧勝。そこから彼女の進撃は始まった。唯一の敗戦となった秋分特別の挫折さえも、続く府中牝馬Sへの挑戦、そして重賞初制覇というドラマへの伏線に過ぎなかった。エリザベス女王杯での惜敗が、彼女を「最強のマイラー」へと導く羅針盤となったのである。
世界を震わせた二冠
1994年、安田記念。外国馬を退け、世界の扉をこじ開けた彼女の末脚は、もはや国内に敵がいないことを物語っていた。秋、スプリント王サクラバクシンオーとの邂逅。距離適性の壁に泣いたスワンSを経て、彼女は自身の庭であるマイルCSでその本領を発揮する。直線、ライバルを力強く引き離していくその姿は、美しくも残酷なほどに完璧な「女王の戴冠式」であった。
永遠に語り継がれる輝き
11戦8勝。マイル戦負けなし。数字上の記録もさることながら、彼女が愛されたのはその「物語」ゆえだ。安値で落札された母の仔が、世界一の父の血を得て、頂点へ。石倉厩務員に「フーちゃん」と愛されたその柔らかな眼差しは、レースでは鋭い闘志へと変わった。完熟した強さを残したまま、彼女は惜しまれつつターフを去った。完璧な終わり方は、完璧な女王にこそ相応しい。私たちは今も、マイルの風の中に、彼女の疾走する面影を探している。
「彼女ほどマイルを美しく、完璧に支配した馬を私は知らない」
―― 競馬史の証言者たち
その光のような軌跡は、これからも日本の競馬史において、マイルの基準点として輝き続けるだろう。かつて、ノースフライトという、天から舞い降りた女王がいたことを、私たちは決して忘れない。



