ナリタブライアン:時代を切り裂いた「怪物」の咆哮
Narita Brian

The Monster Narita Brian

「最強」の証明に、
言葉はいらなかった。

PROFILE

生誕1991.05.03
調教師大久保正陽 (栗東)
主戦騎手南井克巳
通算成績21戦12勝 [12-3-1-5]
主な勝鞍日本ダービー (G1)
菊花賞 (G1)、皐月賞 (G1)
有馬記念 (G1)、朝日杯3歳S (G1)
阪神大賞典 (G2) 2連覇

PEDIGREE

FATHER
ブライアンズタイム
(USA) 1985
Roberto
Kelley's Day
×
MOTHER
パシフィカス
(GB) 1981
Northern Dancer
Glue-on-and-Fly

剛腕を誇るRoberto系と、スタミナ豊かなNorthern Dancer系の融合。臆病な性格を克服するため装着されたシャドーロールが、皮肉にも「怪物」の象徴となった。兄ビワハヤヒデを凌駕する圧倒的資質は、この黄金配合から生まれた。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 21 RUNS 12 - 3 - 1 - 5
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1996.05.19高松宮杯 (G1)中京 / 芝1200m武豊4th
1996.04.21天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m南井克巳2nd
1996.03.09阪神大賞典 (G2)阪神 / 芝3000m武豊1st
1995.12.24有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m武豊4th
1995.11.26ジャパンC (G1)東京 / 芝2400m武豊6th
1995.10.29天皇賞・秋 (G1)東京 / 芝2000m的場均12th
1995.03.12阪神大賞典 (G2)京都 / 芝3000m南井克巳1st
1994.12.25有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m南井克巳1st
1994.11.06菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m南井克巳1st
1994.10.16京都新聞杯 (G2)阪神 / 芝2200m南井克巳2nd
1994.05.29日本ダービー (G1)東京 / 芝2400m南井克巳1st
1994.04.17皐月賞 (G1)中山 / 芝2000m南井克巳1st
1994.03.27スプリングS (G2)中山 / 芝1800m南井克巳1st
1994.02.14共同通信杯4歳S (G3)東京 / 芝1800m南井克巳1st
1993.12.12朝日杯3歳S (G1)中山 / 芝1600m南井克巳1st
1993.11.21京都3歳S (OP)京都 / 芝1800m南井克巳1st
1993.11.06デイリー杯3歳S (G2)京都 / 芝1400m南井克巳3rd
1993.10.24きんもくせい特別 (500万)福島 / 芝1700m清水英次1st
1993.09.26函館3歳S (G3)函館 / 芝1200m南井克巳6th
1993.08.293歳新馬函館 / 芝1200m南井克巳1st
1993.08.153歳新馬函館 / 芝1200m南井克巳2nd
CAREER HIGHLIGHTS

怪物の覚醒

01
Satsuki Sho
1-1
1994.04.17 / 中山 2000m

THE RECORD

第54回 皐月賞

「これほど強い馬がいたのか」と中山競馬場が静まり返った。 4コーナー、唸るような手応えで外から進出すると、直線では他馬が止まっているかのような加速を見せる。 コースレコード1分59秒0を叩き出し、3馬身半差の圧勝。 三冠伝説の幕開けは、あまりにも衝撃的だった。

TIME
1:59.0
MARGIN
3.5 lengths
02
Tokyo Yushun
17
1994.05.29 / 東京 2400m

THE KING

第61回 日本ダービー

17番枠という不利を嘲笑うかのように、府中のターフを独走した。 直線、南井騎手の剛腕に応えて伸び上がる馬体。 後続を引き離すたびに、場内の歓声はどよめきに変わった。 5馬身差。日本競馬界が「怪物」の王座を認めた歴史的一戦。

1着 ナリタブライアン 2着 エアダブリン
03
Kikuka Sho
4
1994.11.06 / 京都 3000m

TRIPLE CROWN

第55回 菊花賞

淀の3000m、その最後はもはや競走ではなかった。 4コーナーで先頭を捉え、直線ではただ一頭、別次元の推進力で突き抜ける。 2着に7馬身という絶望的な差をつけ、三冠達成。 三冠戦の合計着差15馬身半は、JRA史上最大の圧倒的な記録である。

MARGIN
7 lengths
HISTORY
Triple Crown
04
Hanshin Daishoten
2
1996.03.09 / 阪神 3000m

RESURRECTION SOUL

第44回 阪神大賞典

故障に泣いた一年を経て、怪物が最後に見せた輝き。 新旧年度代表馬による、直線300mに及ぶ死闘。 マヤノトップガンと馬体を合わせ、一歩も譲らぬ叩き合い。 ハナ差、執念で掴み取った勝利。それは最強馬のプライドが成せた奇跡だった。

1着 ナリタブライアン 2着 マヤノトップガン
DATA ANALYTICS

史上最大の
着差15馬身半

1994年、ナリタブライアンが三冠ロードで刻んだ記録は、今なお他の追随を許さない。 皐月賞で3.5馬身、ダービーで5馬身、そして菊花賞で7馬身。 クラシック三冠の合計着差15.5馬身は、JRA歴代三冠馬の中で圧倒的なトップ。 この数字は、彼が同世代においてどれほど突出した存在であったかを物語っている。

15.5

TOTAL MARGIN

三冠競走 合計着差

※JRA三冠馬 歴代1位

TRIPLE CROWN GAP

圧倒的な力の差
SATSUKI SHO 3.5 L
DOMINANCE
TOKYO YUSHUN 5.0 L
OVERWHELMING
KIKUKA SHO 7.0 L
THE MONSTER
2着との馬身差
BRIAN
この馬は凄いですよ。
兄(ビワハヤヒデ)を間違いなく超えます。
調教師 大久保正陽
初勝利後のコメント
行けといった時に来るんです。
まさに、理想の競走馬でした。
主戦騎手 南井克巳
インタビューより
FAN VOICES

語り継がれる怪物

B

菊花賞の直線、2着馬を置き去りにするあの加速は恐怖すら感じた。 シンボリルドルフとはまた違う、破壊力に特化した究極の三冠馬。

S

阪神大賞典のマッチレースは今見返しても鳥肌が立つ。 全盛期の力はなかったかもしれないが、魂だけで勝ったあの姿に泣いた。

K

20世紀の名馬投票1位。彼こそが日本競馬の象徴だと思う。 シャドーロールを揺らして駆ける黒い影は、永遠の憧れです。

BEHIND THE SCENES

怪物の素顔

圧倒的な強さの裏に隠された、繊細で愛らしいエピソード

01

影を恐れた怪物

「怪物」の代名詞であるシャドーロール。実は、自分の影や水たまりに驚いて跳ね上がるほど臆病だった性格を矯正するために装着されたものだった。 足元を見えなくしたことで集中力が劇的に向上したが、皮肉にもその「怖がり」を隠すための馬具が、ライバルを震え上がらせる恐怖の象徴となったのだ。

02

並外れた知能

種牡馬入りした後、牧場スタッフは彼の知能の高さに驚かされた。 「一度教えたことは二度と忘れず、人間の意図を先回りして理解していた」という。 臆病さは知性の裏返しでもあったのだろう。スタッフは「頭が良すぎて、こちらが下手な考えを持っていると近づけない怖さがあった」と語っている。

Mayano Top Gun
THE ARCHRIVAL
DESTINY

MAYANO TOP GUN

マヤノトップガン

1996年、阪神大賞典。それは「二強」という言葉がこれほど相応しいレースはなかった。 1歳年下ながら、ナリタブライアン不在の間に年度代表馬にまで上り詰めた若き王。 かつての絶対王者が復活を賭け、新時代の主役に真っ向勝負を挑んだ。

直線、外から並びかけるマヤノトップガン。応戦するブライアン。 他の馬を10馬身近く置き去りにし、二頭の呼吸だけが響く異次元の競り合い。 「強い者が強い勝ち方をする」という競馬の真髄を、ファンは目撃した。

あの一戦は、敗れたトップガンにとっても、勝ったブライアンにとっても、互いの誇りをぶつけ合った最高傑作であった。

1996 阪神大賞典
1st ナリタブライアン
vs
2nd マヤノトップガン

時代を駆け抜けた衝撃

時代を駆け抜けた衝撃

1990年代、日本競馬が熱狂の渦中にあったあの頃。ターフを支配していたのは、白いシャドーロールを揺らしながら疾風のごとく駆け抜ける黒い影だった。ナリタブライアン。その名は単なる「速い馬」の代名詞ではなく、文字通り「怪物」という言葉の意味を私たちに再定義させた存在だった。

三冠、という名の独演会

彼の走りは、常に「暴力的なまでの強さ」に満ちていた。1994年のクラシック三冠。皐月賞の直線で一気に他馬を千切った加速、ダービーで悠々と5馬身の差をつけた独走。そして菊花賞、7馬身という信じられない着差。それは戦いではなく、彼という天才による一方的な独演会だった。2着以下の馬たちが必死に脚を動かしている中、ナリタブライアンだけが重力から解き放たれたかのように、優雅に、そして力強く地を蹴っていた。

怪物の苦悩と、最後の一閃

しかし、栄光の時間はあまりにも短かった。5歳春に発症した股関節炎。それは、完璧なバランスで成り立っていた怪物の肉体を、音を立てて崩していった。それ以降の彼は、かつての爆発力を失い、ファンは敗れる王者の姿を何度も見ることになる。しかし、そんな彼が一度だけ、かつての牙を取り戻した瞬間があった。1996年阪神大賞典。マヤノトップガンとのマッチレース。全盛期を過ぎてもなお、負けることだけは許さないというプライド。ハナ差で差し返したあの瞬間に、私たちは再び「本物の怪物」を見た。

永遠の別れと、遺された伝説

引退後、わずか2年でこの世を去った。8歳という若すぎる最期。もっと多くの子供たちにその魂を継がせたかった、もっと長くその姿を見ていたかった。彼の早すぎる死は、日本競馬界にとって埋められない大きな穴を残した。だが、彼がターフに刻んだ爪痕は、今も色褪せることはない。「最強は誰か」という議論のたびに、人々の脳裏には必ずあの白いシャドーロールが浮かぶ。時代を切り裂き、見る者の心を揺さぶったその咆哮は、今もなお伝説の中で響き続けている。

「ナリタブライアンほど、強さに説得力のある馬はいなかった」
―― 多くのファンが共有する想い

私たちが彼から教わったのは、真の強さとは孤独であるということ、そして、一度でも魂を震わせる走りを見せた馬は、永遠に死なないということだ。黒い稲妻のように時代を駆け抜けたナリタブライアン。その物語は、競馬が続く限り、語り継がれる聖典となるだろう。