メジロラモーヌ:史上初の牝馬三冠
Mejiro Ramonu

The First Queen Mejiro Ramonu

「魔性の青鹿毛」が描いた、
史上初の三冠という芸術。

PROFILE

生誕1983.04.09
調教師奥平真治 (美浦)
主戦騎手河内洋
通算成績12戦9勝 [9-0-0-3]
主な勝鞍 エリザベス女王杯 (GI)
優駿牝馬 (GI)
桜花賞 (GI)
牝馬三冠トライアル全て制覇

PEDIGREE

FATHER
モガミ
(仏) 1976
リファール
ノーリレーション
×
MOTHER
メジロヒリュウ
(日) 1972
ネヴァービート
アマゾンウォリアー

父はリファール産駒の気鋭、母はメジロ牧場の名牝。 Hyperionの強いクロスを持つ血統背景が、他の牝馬を圧倒するパワーと、時として「魔性」と称される鋭い勝負根性を彼女に与えた。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 12 RUNS 9 - 0 - 0 - 3
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1986.12.21有馬記念 (GI)中山 / 芝2500m河内洋9th
1986.11.02エリザベス女王杯 (GI)京都 / 芝2400m河内洋1st
1986.10.12ローズS (GII)京都 / 芝2000m河内洋1st
1986.05.18優駿牝馬 (GI)東京 / 芝2400m河内洋1st
1986.04.274歳牝馬特別・東 (GII)東京 / 芝1800m河内洋1st
1986.04.06桜花賞 (GI)阪神 / 芝1600m河内洋1st
1986.03.164歳牝馬特別・西 (GII)阪神 / 芝1400m河内洋1st
1986.01.26クイーンC (GIII)東京 / 芝1600m柏崎正次4th
1985.12.14テレビ東京賞3歳牝馬S (GIII)中山 / 芝1600m柏崎正次1st
1985.11.30寒菊賞 (OP)中山 / 芝1600m柏崎正次1st
1985.11.03京成杯3歳S (GII)東京 / 芝1400m小島太4th
1985.10.133歳新馬東京 / ダ1400m小島太1st
CAREER HIGHLIGHTS

絶対女王の証明

01
Shocking Debut
1-1
1985.10.13 / 東京 ダ1400m

SHOCKING DEBUT

3歳新馬戦

その伝説は、砂埃の中で幕を開けた。 単勝1.4倍、圧倒的な支持に応えた彼女は、直線で後続を突き放すと、2着馬に3秒1もの大差をつけてゴール。 20馬身以上という、現実離れした着差。 「怪物」という言葉すら生ぬるい衝撃が、府中を駆け抜けた。

MARGIN
20+ len
TIME DIFF
3.1s
02
Oka Sho
5-13
1986.04.06 / 阪神 1600m

THE FIRST CROWN

第46回 桜花賞

「牝馬の河内」とのコンビで挑んだ最初の大舞台。 4コーナーを回っても依然として馬群の中、しかしそこから「魔性」の脚が炸裂した。 一気に先行馬を飲み込み、最後は悠々と先頭でゴール。 メジロ牧場悲願のクラシック制覇。伝説の三冠ロードがここから始まった。

1着 メジロラモーヌ 2着 マヤノジョウオ
03
Triple Crown
7-13
1986.11.02 / 京都 2400m

TRIPLE CROWN

第11回 エリザベス女王杯

史上初の牝馬三冠へ、最後にして最大の壁。 トライアルを全て勝つという「完全三冠」のプレッシャーを背負いながら、彼女は早めに先頭へ立った。 猛追するスーパーショットをクビ差退けた時、日本の競馬史が塗り替えられた。 誰も成し遂げたことのない、そして誰もが夢見た景色。彼女はその中心に立っていた。

RESULT
1st
HISTORY
Triple Crown
DATA ANALYTICS

前人未到の
完全牝馬三冠

1986年、メジロラモーヌが達成したのは単なる三冠ではない。 桜花賞、オークス、エリザベス女王杯の各本番に加え、その前哨戦となるトライアル3レースも全て制する「完全三冠」という、今なお誰も並ぶ者のいない金字塔である。 デビュー戦で記録した2着との3.1秒差(約20馬身)という衝撃から始まった伝説は、重賞6連勝という当時のJRA記録と共に、歴史に刻まれた。

6-WIN

CONSECUTIVE G-WINS

重賞6連勝(当時記録)

※1986 報知杯4歳牝馬特別〜エリザベス女王杯

TRIPLE CROWN SERIES

三冠ロード全勝の軌跡
OKA SHO SERIES2/2 WINS
TRIAL & FINAL
OAKS SERIES2/2 WINS
TRIAL & FINAL
QUEEN ELIZABETH II CUP2/2 WINS
TRIAL & FINAL
トライアル含む勝率100%
RAMONU
何の指示もいらない。
彼女は勝つべき場所を知っている。
主戦騎手 河内洋
回顧録より
これほどの馬は、
後にも先にも彼女だけだった。
調教師 奥平真治
顕彰馬選出時にて
FAN VOICES

ファンからの声

M

エリザベス女王杯の直線、スーパーショットに詰め寄られた時のあの気迫。 ただ美しいだけでなく、絶対に抜かせないという勝負根性こそが彼女の本質でした。

S

オークスのあの中団からの進出。まるで次元が違う脚でした。 「魔性の青鹿毛」と呼ばれたその馬体は、夕暮れの府中で宝石のように輝いて見えました。

H

後年の名牝たちも見事ですが、私の中では今でも彼女が唯一無二の女王。 初代三冠牝馬としての威厳、そしてあの青鹿毛の美しさは一生忘れません。

BEHIND THE SCENES

女王の秘話

完璧に見えた彼女が抱えていた、知られざる物語

01

期待されなかった「難あり」の少女

後に三冠を制する女王も、誕生時は「後ろ脚に難あり」と評され、周囲の期待は決して高くなかった。 大人しすぎる性格もあり、預託先が最後まで決まらなかったという。 しかし、育成が進むにつれ、そのバランスの取れた馬体と心肺機能の高さが覚醒。 誰からも望まれなかった少女が、日本競馬史上最高の女王へと登り詰めるシンデレラストーリーだった。

02

天国の中島啓之騎手へ捧ぐ勝利

奥平厩舎の主戦、中島啓之騎手はラモーヌのデビューを前に病で急逝した。 「右腕をもぎ取られたよう」と語った奥平師。 桜花賞制覇後、代わって鞍上を務めた河内騎手は、天国の親友へ向けて左腕を高く掲げた。 その絆こそが、女王を三冠という過酷な道へと突き動かす原動力となった。

Dyna Actress
THE ARCHRIVAL
DESTINY

DYNA ACTRESS

ダイナアクトレス

女王がその「最強」を証明するために立ちはだかった、世代屈指の快速牝馬。 初対戦のトライアルから熾烈な火花を散らし、オークスでも最後まで女王を追い詰め続けた。

三冠路線ではラモーヌの後塵を拝したものの、古馬となってからは牡馬を相手に重賞を制し、年度代表馬候補に名を連ねるほどの活躍を見せる。 ダイナアクトレスという高い壁があったからこそ、メジロラモーヌは「魔性」と呼ばれるほどの凄みを増したのである。

1986 優駿牝馬
1st メジロラモーヌ
vs
3rd ダイナアクトレス

時代を拓いた青鹿毛の女王

時代を拓いた青鹿毛の女王

「三冠」という言葉が持つ重みは、時代によって変わる。 しかし、メジロラモーヌが成し遂げたそれは、現代の三冠とは一線を画す「神聖な未踏の地」の開拓だった。 牝馬がまだ「華」として扱われていた1980年代、彼女は自らの走りでその認識を覆し、力強く、そして妖艶に頂点へと駆け上がった。

魔性と呼ばれた、その美しき加速

彼女の代名詞となった「魔性の青鹿毛」。 それは、ただ馬体が黒く美しかったからではない。 一たびゲートが開けば、他馬を寄せ付けない圧倒的なスピードと、相手を威圧するような凄まじい勝負根性を見せたからだ。 デビュー戦での3.1秒差という伝説は、後の全勝三冠へと繋がる序章に過ぎなかった。 4コーナーで馬群の隙間を縫い、一瞬で先頭を捉えるあの加速は、見る者の心を奪い、ライバルたちの戦意を喪失させる「魔力」を秘めていた。

完全三冠という名の、究極の証明

競馬において「絶対」は存在しない。 しかし、1986年のメジロラモーヌは、その「絶対」に最も近い場所にいた。 三冠レース本番だけではない。彼女はその全てのステップ(トライアル)においても勝利し、文字通り一つも負けることなく女王の座を勝ち取った。 体調不良や調整の遅れ、挫石といった苦境ですら、彼女を止めることはできなかった。 最後のエリザベス女王杯、クビ差の攻防を制してゴールした瞬間、競馬史に残る「完全三冠」が完成したのである。

永遠に語り継がれる、女王の気高き影

引退から長い年月が経ち、後継の三冠牝馬たちが誕生した今でも、メジロラモーヌという名は色褪せることがない。 それは彼女が、道なき道を切り拓いた「初代」だからであり、その走りに、日本競馬が夢見た全ての美徳が詰まっていたからだ。 彼女の血は、今もグローリーヴェイズなどの名馬へと引き継がれ、ターフを駆け続けている。 私たちが「三冠」という言葉を聞くたび、その深淵に浮かび上がるのは、誇り高く、気高く、そしてどこまでも美しい、あの青鹿毛の女王の姿なのである。

「彼女が走り終えた後の静寂さえも、私は忘れることができない」
――奥平真治

12戦9勝。史上初の牝馬三冠。 その数字の背後にある、気高い精神と圧倒的な美学。 メジロラモーヌ。彼女こそが、日本競馬が永遠に恋をし続ける、真の「初代女王」である。