Mejiro McQueen

The StayerMejiro McQueen

「天までも、駆けろ。」
その走りに、誰もが夢を重ねた。

PROFILE

生誕1987.04.03
調教師池江泰郎 (栗東)
主戦騎手武豊
通算成績21戦12勝 [12-6-1-2]
主な勝鞍天皇賞・春 (G1) 2連覇
菊花賞 (G1)
宝塚記念 (G1)
阪神大賞典 (G2) 2連覇、京都大賞典 (G2) 2連覇

PEDIGREE

FATHER
メジロティターン
(日本) 1978
メジロアサマ
シェリル
×
MOTHER
メジロオーロラ
(日本) 1978
リマンド
メジロアイリス

父は天皇賞馬、祖父も天皇賞馬。名門メジロ牧場が「天皇賞を勝つために」執念で紡いだ結晶。芦毛への偏見を実力で覆した祖父アサマの気骨を受け継ぎ、三代連続制覇という未踏の地平へ辿り着いた、血のロマンの極致である。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 21 RUNS12 - 6 - 1 - 2
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1993.10.10京都大賞典 (G2)京都 / 芝2400m武豊1st
1993.06.13宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m武豊1st
1993.04.25天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊2nd
1993.04.04産経大阪杯 (G2)阪神 / 芝2000m武豊1st
1992.04.26天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊1st
1992.03.15阪神大賞典 (G2)阪神 / 芝3000m武豊1st
1991.12.22有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m武豊2nd
1991.11.24ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m武豊4th
1991.10.27天皇賞・秋 (G1)東京 / 芝2000m武豊18th
1991.10.06京都大賞典 (G2)京都 / 芝2400m武豊1st
1991.06.09宝塚記念 (G1)京都 / 芝2200m武豊2nd
1991.04.28天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊1st
1991.03.10阪神大賞典 (G2)中京 / 芝3000m武豊1st
1990.11.04菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m内田浩一1st
1990.10.13嵐山ステークス京都 / 芝3000m内田浩一2nd
1990.09.23大沼ステークス函館 / 芝2000m内田浩一1st
1990.09.16木古内特別函館 / ダ1700m内田浩一1st
1990.09.02渡島特別函館 / ダ1700m内田浩一2nd
1990.05.12あやめ賞京都 / 芝2200m村本善之3rd
1990.02.25ゆきやなぎ賞阪神 / 芝2000m村本善之2nd
1990.02.034歳新馬阪神 / ダ1700m村本善之1st
CAREER HIGHLIGHTS

不沈艦の航跡

01
Kikuka Sho
7-15
1990.11.04 / 京都 3000m

THE BREAKTHROUGH

第51回 菊花賞

ソエに悩み、クラシック戦線から一時は脱落。しかし、夏の北海道で力を蓄えた遅れてきた大器は、最後の一冠で見事に開花した。重馬場の京都、内田浩一騎手を背に直線で力強く抜け出し、兄デュレンに続く兄弟制覇。名門メジロの新時代の幕開けだった。

TIME
3:06.2
ODDS
4th
02
Tenno Sho Spring
7
1991.04.28 / 京都 3200m

THREE GENERATIONS

第103回 天皇賞(春)

「長距離王国メジロ」が悲願とした父仔三代天皇賞制覇。武豊という最高のパートナーを得て、彼はその夢を現実に変えた。淀の長い坂を越え、直線で他馬を圧倒する異次元の伸び。北野豊吉の遺志が、白銀の馬体となってターフを席巻した歴史的瞬間。

1着 メジロマックイーン2着 ミスターアダムス
03
Tenno Sho Spring Duel
5
1992.04.26 / 京都 3200m

THE DUEL

第105回 天皇賞(春)

無敗の二冠馬トウカイテイオーとの世紀の対決。「こちらが天までも駆け上がる」と宣言した武豊に呼応し、マックイーンは極限のパフォーマンスを見せる。直線、失速するライバルを尻目に、9馬身という絶望的な差をつけての連覇達成。王者が格の違いを見せつけた。

TIME
3:20.0
MARGIN
9 LENS
04
Takarazuka Kinen
2
1993.06.13 / 阪神 2200m

ETERNAL CHAMPION

第34回 宝塚記念

種子骨骨折という絶望的な負傷から復帰した最終シーズン。天皇賞3連覇はライスシャワーに阻まれるも、宝塚記念では圧巻の走りを披露した。4年連続G1勝利という、当時の日本競馬界における究極の安定感。どんな逆境も、白銀の王者を止めることはできなかった。

1着 メジロマックイーン2着 イクノディクタス
DATA ANALYTICS

史上初、
10億円の金字塔

1993年の京都大賞典を制した瞬間、メジロマックイーンは日本競馬史上初めて通算獲得賞金10億円を突破する大偉業を成し遂げた。当時は現在よりも賞金単価が低く、この大台への到達はまさに「最強であり続けた」証であった。彼の引退までに積み上げた10億1465万円という記録は、単なる数字を超えた、絶対王者の象徴として歴史に刻まれている。

¥1.01B

TOTAL EARNINGS

累計獲得賞金

※1993年当時 歴代1位

PRIZE MONEY RANKING

1993年引退時の勢力図
MEJIRO MCQUEEN1,014,657,700
THE FIRST BILLION
OGURI CAP889,702,000
PREVIOUS RECORD
SYMBOLI RUDOLF684,824,200
THE EMPEROR
10億円到達ライン
STAYER
この馬は天までも駆け上がります。
その自信があります。
主戦騎手 武豊
1992年天皇賞(春)前の宣言
あと1ミリずれていたら、
カムバックは無理だった。
調教師 池江泰郎
骨折からの復帰を振り返って
FAN VOICES

語り継がれる記憶

S

トウカイテイオーとの「世紀の対決」。あの日の淀は、異様な緊張感に包まれていました。でも、マックイーンが直線で突き放した時、そこにいた全員が「本当の王者は誰か」を理解しました。

H

引退式での『大脱走』のテーマ。あの曲を聴くたびに、白銀の馬体を揺らして走るマックイーンを思い出します。種牡馬としても「黄金配合」で夢の続きを見せてくれた、最高の馬です。

Y

三代天皇賞制覇。あんなに美しい「血の継承」を私は他に知りません。北野豊吉オーナーの悲願を背負い、力強く駆け抜けたその姿は、日本競馬の良心そのものでした。

BEHIND THE SCENES

芦毛の王者の横顔

ターフを支配した最強馬も、一歩離れれば愛すべき個性派だった

01

サンデーサイレンスの「恋人」

種牡馬時代、隣の放牧地にいたのは気性の激しさで有名なサンデーサイレンス。他の馬を威嚇しまくっていたサンデーだったが、マックイーンの穏やかで堂々とした性格には心を開き、唯一の「親友」となった。二頭が並んで草を食む姿は、スタリオンの名物だったという。

02

発走1分前のハプニング

1992年の天皇賞(春)。世紀の対決を前に、マックイーンの蹄鉄が欠けるという緊急事態が発生。発走が遅れる異例の事態の中、武豊騎手は下馬して打ち替えを待った。そんな極限の緊張感の中でも、マックイーンは驚くほど落ち着き払っており、その精神力が圧勝を導いた。

Tokai Teio
THE ARCHRIVAL
DESTINY

TOKAI TEIO

トウカイテイオー

「帝王」と「王者」。二つの強大な個性が交差した1992年春の天皇賞は、今なお日本競馬史上最高のライバル対決として語られる。無敗の二冠馬としてマックイーンの前に立ちはだかったテイオー。しかし、3200mという過酷な舞台でマックイーンが見せつけたのは、ステイヤーとしての揺るぎない誇りだった。互いの存在が、日本競馬の質を一段階引き上げた歴史的ライバル関係。

1992天皇賞(春)
1stメジロマックイーン
vs
5thトウカイテイオー

楯に捧げた蹄音

楯に捧げた蹄音

メジロマックイーン。その名は、単なる一頭の馬を超えて、日本競馬が大切に育んできた「血のロマン」そのものだった。名門・メジロ牧場が「天皇賞を勝つために」という執念で紡ぎ上げた結晶。父、そして祖父。歴代の王たちが手にしてきた栄光の楯を、三世代にわたって受け継ぐという途方もない夢が、彼の背中には託されていた。

三代の悲願、淀に咲く

菊花賞でその片鱗を見せた彼は、翌年の天皇賞(春)で伝説の扉を開く。武豊という若き天才との出会いは、彼を完全な王へと変えた。祖父アサマ、父ティターン。二頭が果たした「盾」への想いを、彼は力強い足取りで完結させたのだ。北野豊吉オーナーの遺志が、白銀の馬体となって淀の直線で躍動する姿に、ファンは「メジロの伝統」が結実した瞬間の目撃者となった。

不屈の精神と、王者の誇り

しかし、王者の歩みは平坦ではなかった。天皇賞(秋)での史上初となる降着劇、そして選手生命を脅かすほどの重傷となった左前脚の種子骨骨折。多くの馬がここで夢を断たれる中、彼は奇跡のカムバックを果たす。11ヶ月の空白を経て、産経大阪杯でレコード勝ちを収めた時、彼は単に強い馬であることを超えて、不屈の象徴となった。ライスシャワーに三連覇を阻まれても、宝塚記念で再び圧倒的な強さを見せるその姿こそ、真の王者の風格だった。

受け継がれる「黄金の血」

1993年、京都大賞典を制して、前人未到の10億円ホースとなった直後、彼の蹄音はターフから消えた。しかし、物語はそこで終わらなかった。死後、彼が母の父として遺した「黄金配合」の血。オルフェーヴル、ゴールドシップといった破天荒な怪物たちが、マックイーンから受け継いだ強靭な心肺機能とスタミナで、再び世界を、そして日本の競馬場を熱狂させたのだ。

「彼の呼吸は、他の馬とは違っていた。肺が二つあるのではないかと思わせるほどに」
――C.ルメールが憧れた武豊の言葉

今はもう、その銀色の尾をなびかせて走る姿を見ることはできない。だが、天皇賞(春)の季節が来るたびに、私たちは淀の直線に彼の影を探すだろう。日本競馬が最も「血」に情熱を注いでいた時代に生まれた、至高のステイヤー。メジロマックイーン。彼が刻んだ一完歩一完歩は、永遠に色褪せることのない黄金の軌跡として、未来のホースマンたちを照らし続けていく。