Kitasan Black

The Festival Kitasan Black

「まつり」の響きは、
時代を超えて鳴り止まない。

PROFILE

生誕2012.03.10
調教師清水久詞 (栗東)
主戦騎手武豊 / 北村宏司
通算成績20戦12勝 [12-2-4-2]
主な勝鞍 有馬記念 (G1)
天皇賞・春 (G1) 2連覇
ジャパンカップ (G1)、天皇賞・秋 (G1)
大阪杯 (G1)、菊花賞 (G1)

PEDIGREE

FATHER
ブラックタイド
(日本) 2001
サンデーサイレンス
ウインドインハーヘア
×
MOTHER
シュガーハート
(日本) 2005
サクラバクシンオー
オトメゴコロ

父はディープインパクトの全兄、母の父は短距離の覇王。中長距離の王道を歩むサンデー系の底力と、バクシンオー譲りのスピード・心肺能力が融合。500kgを超える巨体から繰り出される無尽蔵のスタミナは、まさに「走るために生まれた」結晶であった。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 20 RUNS 12 - 2 - 4 - 2
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
2017.12.24有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m武豊1st
2017.11.26ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m武豊3rd
2017.10.29天皇賞・秋 (G1)東京 / 芝2000m武豊1st
2017.06.25宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m武豊9th
2017.04.30天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊1st
2017.04.02大阪杯 (G1)阪神 / 芝2000m武豊1st
2016.12.25有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m武豊2nd
2016.11.27ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m武豊1st
2016.05.01天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊1st
2015.10.25菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m北村宏司1st
2015.01.313歳新馬東京 / 芝1800m後藤浩輝1st
CAREER HIGHLIGHTS

まつりの真髄

01
Kikkasho
2-4
2015.10.25 / 京都 3000m

THE GENESIS

第76回 菊花賞

血統的な距離不安を囁かれた中、最内を強気に突いて抜け出した淀の坂。北島三郎オーナーの「53年目の悲願」が成就した瞬間、競馬史に残る狂騒曲が幕を開けた。クビ差凌ぎきった勝負根性は、後の王者の資質そのものであった。

TIME
3:03.9
ODDS
13.4
02
Tenno Sho Spring
3
2017.04.30 / 京都 3200m

UNSTOPPABLE RECORD

第155回 天皇賞(春)

「この馬にしか耐えられないペース」と武豊に言わしめた超高速決着。サトノダイヤモンドとの世紀の対決を制し、3分12秒5という不滅の日本レコードを樹立。極限まで研ぎ澄まされた肉体が、長距離の概念を破壊した。

1着 キタサンブラック 2着 シュヴァルグラン
03
Tenno Sho Autumn
4-7
2017.10.29 / 東京 2000m

THE GLADIATOR

第156回 天皇賞(秋)

ゲートでの出遅れ、田んぼのような極悪馬場。絶望的な状況下で、彼は泥を被りながらも内を掬って先頭へ。泥まみれの英雄が見せた執念は、テクニックを超えた魂の咆哮。逆境すらも「まつり」の舞台に変えた。

WEATHER
RAINY
STATE
BAD
04
Arima Kinen
2
2017.12.24 / 中山 2500m

GRAND FINALE

第62回 有馬記念

自ら引き当てた絶好枠から、一点の曇りもない逃げ。直線、後続を引き離す黒い馬体は、別れを惜しむ大歓声の中を独走した。G1通算7勝、最多獲得賞金記録。完璧なまでの終止符を打ち、彼は伝説の向こう側へと駆け抜けた。

1着 キタサンブラック 2着 クイーンズリング
DATA ANALYTICS

不滅の
日本レコード

2017年の天皇賞(春)。1000m通過58秒台という中距離戦並みのハイペースを、彼は真っ向から受け止めた。3200mを駆け抜け、掲示板に刻まれたタイムは3分12秒5。ディープインパクトが記録した伝説のレコードを0.9秒も更新する、長距離の常識を根底から覆す異次元の時計だった。

3:12.5

JAPAN RECORD

3200m 走破時計

※2017 天皇賞(春)

STAMINA & SPEED

極限の心肺能力
DEEP IMPACT (2006)3:13.4
PREVIOUS LEGEND
KITASAN BLACK (2017)3:12.5
NEW FRONTIER
TIME DIFFERENCE-0.9s
HUGE GAP
走破タイム短縮幅
KITASAN
この馬にしか耐えられないペース。
本当にタフな馬。これだけの馬はそういない。
主戦騎手 武豊
天皇賞(春)勝利後インタビュー
こんなに感動したことはない。
キタサンブラック、ありがとう。
オーナー 北島三郎
引退セレモニーにて
FAN VOICES

ファンからの声

S

最初はサブちゃんのお祭りホースだと思ってた。でも気づけば、どんな逆境でもハナを切って逃げ粘るその姿に、仕事で疲れた自分を重ねて応援していた。最後は涙が止まらなかったよ。

H

台風の天皇賞秋。出遅れた時は終わったと思った。でも泥まみれになりながら内から突き抜けてきた黒い馬体を見た時、この馬は神様に守られているんだと確信しました。強すぎる。

Y

豊さんが「どうしても勝ちたい」と言って、本当にレコードで勝ってしまう。キタサンブラックは、天才ジョッキーに最高の翼を与えた最高のパートナーだったと思います。二人の絆に感動。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

王者の威厳の裏側にあった、絆と愛称の物語

01

リアル黒王号

常に520kgを超える巨体、そして他を圧倒する威風堂々とした立ち振る舞いから、ファンは彼を漫画「北斗の拳」に登場する名馬になぞらえ「リアル黒王号」と呼んだ。漆黒の馬体が先頭でターフを突き進む姿は、まさに世紀末覇者の愛馬のような力強さに満ち溢れていた。

02

予定外のアンコール

引退式では当初、北島オーナーは「馬が主役だから歌わない」と公言していた。しかし、極寒の中で残った数万人のファンの熱気に、大スターは応えざるを得なかった。「まつり」の一節を歌い上げた後、溢れる涙を拭いながら馬の首筋を撫でる姿は、馬主と馬を超えた家族の絆そのものだった。

Satono Diamond
THE ARCHRIVAL
DESTINY

SATONO DIAMOND

サトノダイヤモンド

最強を証明するために、越えなければならない壁があった。2016年の有馬記念。一歳年下の貴公子、サトノダイヤモンドとの死闘。サトノ軍団による包囲網、クビ差だけ届かなかったゴール板。

あの悔しさが、キタサンブラックを真の絶対王者へと進化させた。世代を超え、互いの誇りを懸けてぶつかり合ったあの日々は、日本競馬史が誇る最も美しいライバル物語の一つとして語り継がれている。

2016有馬記念
2ndキタサンブラック
vs
1stサトノダイヤモンド

まつりのあとに

まつりのあとに

競馬界には時として、単なるスポーツの枠を超え、一つの文化として国民の心に溶け込む馬が現れる。キタサンブラック。その名前が告げられるとき、私たちの脳裏には熱狂的な「まつり」のメロディと、泥を跳ね飛ばしながら先頭を駆け抜ける漆黒の英雄の姿が鮮明に浮かび上がる。

無名の期待、執念の開花

名門牧場の生産ではなく、セリ値も決して高くはなかった。当初の彼は「演歌歌手の所有馬」という話題性が先行する存在に過ぎなかったのかもしれない。しかし、一戦ごとに彼はその評価を自らの脚で塗り替えていった。菊花賞で見せた内を掬う勝負根性、敗北を知るたびに強くなる精神力。血統の限界説を囁く声を、彼は圧倒的な走りで黙らせ続けた。清水久詞調教師による「限界を超える」ハードトレーニングが、巨体に鋼のような筋肉と、折れない心臓を宿らせたのである。

武豊という、最後のピース

キャリアの後半、天才・武豊と出会ったことで、キタサンブラックは「完成」を見た。武豊は彼の背中に「軽さ」と「賢さ」を見出し、その無尽蔵のスタミナを完璧に御した。天皇賞(春)での不滅のレコード、そして悪夢のような出遅れを挽回した天皇賞(秋)。たとえどんな状況に置かれようとも、彼が先頭に立てば何かを起こしてくれる——そんな全幅の信頼をファンは寄せていた。彼は単に速い馬ではなく、勝つべき時に必ず勝つ「責任感」を持った馬であった。

永遠に鳴り止まない喝采

2017年12月24日。クリスマスイブの中山競馬場。あの日、競馬場に詰めかけた全ての人が「まつり」の終演が近いことを知っていた。自ら引き当てた1枠2番。スタートから一度も先頭を譲ることなく、影をも踏ませぬ逃げ切り。ゴールした瞬間、割れんばかりの「キタサンコール」が冬の空に響き渡った。それは一頭の馬への賞賛であり、私たちに夢を見せてくれた英雄への、心からの感謝の叫びだった。

「僕にとって、最高のパートナー。こんなに格好いい馬はいない」
――C.武豊

キタサンブラックが去った後のターフにも、新しい風は吹き続ける。しかし、あの日見た漆黒の馬体、突き抜けるような青空の下で響いた北島三郎氏の歌声、そして全力を出し切って誇らしげに引き揚げてきた王者の瞳を、私たちは一生忘れることはない。キタサンブラック。彼は、日本競馬がたどり着いた一つの幸福な到達点だった。