イナリワン:地方の誇りを胸に頂点へ挑んだ鋼の心臓
Inari One

The Iron Heart Inari One

「地方の星」が、
エリートたちを置き去りにした。

PROFILE

生誕1984.05.07
調教師鈴木清 (美浦) ※中央時代
主戦騎手柴田政人 / 武豊
通算成績25戦12勝 [12-3-2-8]
主な勝鞍 有馬記念 (G1)
天皇賞・春 (G1)、宝塚記念 (G1)
東京大賞典、東京王冠賞
1989年 JRA年度代表馬

PEDIGREE

FATHER
ミルジョージ
(USA) 1975
Never Bend
Missy Baba
×
MOTHER
テイトヤシマ
(日本) 1970
ラークスパー
シマノカミ

父は狂気と天才が同居すると評された名種牡馬ミルジョージ。母系は英ダービー馬を父に持つ血統だが、誕生当時は決して目立つ存在ではなかった。 しかし、その小さな身体には、父譲りの凄まじい闘争心と、周囲を驚愕させるほどの「鋼の心臓」が宿っていた。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 25 RUNS 12 - 3 - 2 - 8
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1990.06.10宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m柴田政人4th
1990.04.29天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m柴田政人2nd
1989.12.24有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m柴田政人1st
1989.11.26ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m柴田政人11th
1989.10.08毎日王冠 (G2)東京 / 芝1800m柴田政人2nd
1989.06.11宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m武豊1st
1989.04.29天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊1st
1988.12.29東京大賞典大井 / ダ3000m宮浦正行1st
1987.08.26東京王冠賞大井 / ダ2600m宮浦正行1st
1986.12.093歳新馬大井 / ダ1000m宮浦正行1st
CAREER HIGHLIGHTS

雑草の証明

01
Tokyo Daishoten
1-1
1988.12.29 / 大井 3000m

LOCAL KING

第34回 東京大賞典

地方競馬の総決算。3000mという過酷な長距離戦で、イナリワンは他を圧倒するスタミナを見せつけた。 この勝利を置き土産に、彼は中央競馬への殴り込みを決意する。 「大井にイナリワンあり」その名を全国に知らしめた運命の一戦。

DIST
3000m
RESULT
WIN
02
Tenno Sho Spring
4
1989.04.29 / 京都 3200m

NEW ERA

第99回 天皇賞(春)

中央移籍3戦目、若き天才・武豊とのコンビ結成。 5馬身差という圧倒的な力の差を見せつけ、当時のレコードタイムを更新。 地方出身の「伏兵」が、中央のエリートたちを震撼させた衝撃の戴冠劇。

1着 イナリワン 2着 ミスターシクレノン
03
Mainichi Okan
3-3
1989.10.08 / 東京 1800m

TRIPLE THREAT

第40回 毎日王冠

オグリキャップ、メジロアルダン、そしてイナリワン。 伝説の「平成三強」が初めて顔を揃えた伝説のG2。 オグリとのハナ差の激闘は、日本競馬史に残る名勝負となった。 敗れはしたものの、その根性は観客の心を熱く昂ぶらせた。

RESULT
2nd
MARGIN
HANA
04
Arima Kinen
4
1989.12.24 / 中山 2500m

THE REVENGE

第34回 有馬記念

オグリとクリークの「2強対決」に沸く中山競馬場。 4番人気に甘んじたイナリワンは、柴田政人の剛腕に導かれ、直線を猛然と突き抜けた。 スーパークリークをハナ差捉えたその瞬間、彼は紛れもない1989年の「主役」となった。

1着 イナリワン 2着 スーパークリーク
DATA ANALYTICS

驚異の
レコードブレイカー

1989年の有馬記念。オグリキャップとスーパークリークの「2強」に注目が集まる中、彼は自らの限界を超えた。叩き出したタイムは2分31秒7。従来のレコードを1.1秒も短縮する、当時の常識を打ち破るスーパーレコードだった。450kgという小柄な体躯からは想像もできない爆発的な推進力こそが、彼の真骨頂である。

2:31.7

COURSE RECORD

2500m 走破時計

※1989 有馬記念

RECORD BREAKING

限界を突破した有馬記念
PREVIOUS RECORD2:32.8
PAST LIMIT
INARI ONE (1989)2:31.7
NEW FRONTIER
TIME REDUCTION-1.1s
SHOCKING GAP
タイム短縮幅
INARI ONE
軽くてコンパクトなボディに、
超ハイパワーのエンジンを積んでいた。
主戦騎手 武豊
インタビューより
心臓の強さは獣医も驚くほど。
まさに「鋼の心臓」の持ち主だった。
調教師 鈴木清
管理馬を振り返って
FAN VOICES

ファンからの声

O

大井から中央に殴り込んで年度代表馬にまでなった彼は、僕ら地方競馬ファンの誇りでした。あの小さな体でエリートたちをなぎ倒す姿は本当に勇気をもらえた。

H

有馬記念のスーパークリークとの叩き合い。オグリとクリークの2強だと思っていたところにイナリワンが突っ込んできた時は、家で叫びました。あんな根性のある馬はいない。

U

「ウマ娘」で知って調べたら、地方から中央G1を3つも勝ったと知って驚愕しました。調べれば調べるほど、江戸っ子気質で熱いエピソードばかりで大好きになりました。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

江戸っ子のように粋で、誰よりも熱い魂の物語

01

穴守稲荷の加護を受けた名

イナリワンの名の由来は、大井競馬場の近くにある穴守稲荷神社にある。馬主が「一番出世してほしい」と神社の禰宜に相談したところ、一番を意味する「ワン」を付けてはどうかと助言を受けた。まさにその名の通り、彼は地方から中央の頂点という、これ以上ない「一番の出世」を成し遂げたのである。

02

荒ぶる魂と畳の壁

彼は非常に気性が激しく、馬房の壁を蹴り飛ばす癖があった。そのあまりの衝撃に、厩舎スタッフは壁を保護するために畳を貼らなければならなかったという。しかし、その有り余るパワーこそが、レース後半で見せる爆発的な末脚の源泉だった。主戦の柴田政人騎手も「意地を見せてやろうと思った」と語るほど、彼の闘争心は周囲を動かした。

Oguri Cap
THE ARCHRIVAL
DESTINY

OGURI CAP

オグリキャップ

同じ地方出身、同じ「雑草」と呼ばれた二頭。しかし、その輝きは対照的だった。先行して真っ向からねじ伏せるオグリキャップに対し、イナリワンは後方から「疾風」の如く急襲する。

1989年毎日王冠。ハナ差で屈したあの悔しさが、イナリワンの闘志に火をつけた。時代を席巻した「平成三強」の中でも、特にこの二頭の対決は、地方から這い上がった者同士の意地と誇りがぶつかり合う、魂の競演だった。

1989毎日王冠
2ndイナリワン
vs
1stオグリキャップ

地方の星、中央を制す

地方の星、中央を制す

北海道の小さな牧場で生まれたイナリワン。決してエリートとは呼べない血統、450kgという小柄な体躯。しかし、彼を見つめる男たちの目は確かだった。大井の福永二三雄調教師が「必ず走る」と直感し、馬主の保手浜氏はその澄んだ瞳に惚れ込んだ。地方競馬の砂塵の中で、彼は着実にその「鋼の心臓」を鍛え上げていった。

大井からの挑戦状

地方競馬の最高峰、東京大賞典。3000mの長丁場を圧倒的な力で制したイナリワンは、その場で「中央移籍」を宣言する。それは単なるステップアップではなく、大井の、そして地方競馬全体の誇りを賭けた殴り込みだった。中央入り直後は折り合いに苦しみ、敗北を喫することもあったが、若き武豊との出会いが彼の翼を完全に開かせた。

平成三強、伝説の季節

1989年、彼は歴史の表舞台に踊り出た。天皇賞・春では武豊に初のG1タイトルを捧げる5馬身差の圧勝。宝塚記念も制し、誰もが彼を「最強」と認めざるを得なかった。しかし、秋になるとオグリキャップ、スーパークリークという巨大な壁が立ちはだかる。毎日王冠での鼻差の敗北、天皇賞・秋での失速。いつしか世間は「2強」の対決に熱狂し、イナリワンの名は脇へと追いやられていった。

意地の有馬記念

迎えた1989年、中山。ファンの視線はオグリとクリークに注がれ、イナリワンは4番人気。しかし、柴田政人騎手と彼の心に灯った火は消えていなかった。「2強の争い?意地を見せてやろう」。直線、ハイペースの中で脱落していくライバルを尻目に、彼は内側から、一完歩ごとに、執念でスーパークリークを追い詰めた。写真判定の末に掲げられた「4」の数字。ハナ差の逆転劇。それは、一度は忘れ去られようとした天才の、凄まじい逆襲だった。

「いつの間にか3強から脱落したと言われていた。意地を見せてやろうと思った。強い馬です」
――柴田政人

地方から現れ、中央の頂点へ。年度代表馬にまで登り詰めたその軌跡は、まさに競馬版のシンデレラストーリーそのものである。小柄な体に宿した巨大なエンジンと、何者にも屈しない鋼の心臓。イナリワンがターフに残した疾風の如き記憶は、今もなお、競馬ファンの胸を熱く焦がし続けている。