彼女の名はヒシアマゾン。1990年代、まだ「外国産馬(マルガイ)」という言葉に重い制約があった時代。彼女は桜花賞も、オークスも、その輝かしいターフの入り口に立つことさえ許されなかった。王道を歩めぬ不条理。しかし、彼女はその逆境を、他を圧倒する「力」でねじ伏せてみせた。
不屈の精神と、影の女王
クラシックの華やかさとは無縁の場所で、彼女は一人、勝利の山を築き続けた。クリスタルカップでの奇跡的な逆転劇、NZT4歳Sでの完勝。人々はいつしか、表舞台の女王よりも、この「影の女王」の豪脚に魅了されていった。そして迎えたエリザベス女王杯。オークス馬チョウカイキャロルとのハナ差の激闘を制したとき、彼女はついに、この国で最も強い牝馬であることを誰の手も届かない場所で証明したのだ。
ブライアンへの挑戦、そして伝説へ
特筆すべきは、1994年の有馬記念だ。三冠馬ナリタブライアン。誰もが平伏す絶対的な王者に、彼女は真っ向から牙を剥いた。出遅れをものともせず、外からマクり上げる姿には、性別の垣根を超えた一頭のサラブレッドとしての誇りがあった。敗れはしたものの、その着差はわずか半馬身。その瞬間、ヒシアマゾンはただの強い牝馬から、競馬史に燦然と輝く「女傑」へと昇華したのである。
受け継がれるアマゾンの魂
「彼女は走ることを知っていた」と関係者は語る。後方から全てを飲み込む末脚、タイマン勝負を厭わない気性の激しさ。その血は、後にアドマイヤムーンやエフフォーリアといった名馬たちへと形を変えて受け継がれていく。2019年、アメリカの地で静かに息を引き取ったとき、日本のファンが抱いたのは、喪失感ではなく深い感謝だった。不自由な時代を自由に、そして力強く駆け抜けた彼女の影。私たちは今も、その残像を追い続けている。
「彼女の影すら、誰も踏ませはしなかった。」
―― 90年代のターフに刻まれた、一人のファンの独白
ヒシアマゾン。その名は、強く気高い女性の代名詞として、これからも日本の競馬史において、最も美しい言葉の一つとして語り継がれていくだろう。




