El Condor Pasa

The Legend El Condor
Pasa

その翼は、
世界を覆い尽くした。

PROFILE

生誕1995.03.17
調教師二ノ宮敬宇 (美浦)
主戦騎手蛯名正義 / 的場均
通算成績11戦8勝 [8-3-0-0]
主な勝鞍 ジャパンカップ (G1)
サンクルー大賞 (G1)
NHKマイルカップ (G1)
凱旋門賞 (G1) 2着

PEDIGREE

FATHER
Kingmambo
(米) 1990
Mr. Prospector
Miesque
×
MOTHER
Saddlers Gal
(愛) 1989
Sadler's Wells
Glenveagh

父は欧州マイル王キングマンボ、母の父は大種牡馬サドラーズウェルズ。 アメリカのスピードとヨーロッパのスタミナが奇跡的に融合し、あらゆる馬場と距離に対応する「万能の怪鳥」が誕生した。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 11 RUNS 8 - 3 - 0 - 0
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1999.10.03凱旋門賞 (G1)ロンシャン / 芝2400m蛯名正義2nd
1999.09.12フォワ賞 (G2)ロンシャン / 芝2400m蛯名正義1st
1999.07.04サンクルー大賞 (G1)サンクルー / 芝2400m蛯名正義1st
1999.05.23イスパーン賞 (G1)ロンシャン / 芝1850m蛯名正義2nd
1998.11.29ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m蛯名正義1st
1998.10.11毎日王冠 (G2)東京 / 芝1800m蛯名正義2nd
1998.05.17NHKマイルC (G1)東京 / 芝1600m的場均1st
1998.04.26NZT4歳S (G2)東京 / 芝1400m的場均1st
1998.02.15共同通信杯4歳S (G3)東京 / ダ1600m的場均1st
1998.01.114歳500万下中山 / ダ1800m的場均1st
1997.11.083歳新馬東京 / ダ1600m的場均1st
CAREER HIGHLIGHTS

怪鳥の軌跡

01
NHK Mile Cup
7-13
1998.05.17 / 東京 1600m

THE PROLOGUE

第3回 NHKマイルカップ

無敗馬3頭が激突した頂上決戦。初の芝マイルG1挑戦にもかかわらず、 1.8倍の圧倒的人気に応えて完勝。 的場騎手が「次元が違う」と評した切れ味で、ダートから芝へ、 そして国内から世界へと羽ばたく序章となった。

TIME
1:33.7
STATUS
UNDEFEATED
02
Japan Cup
6-11
1998.11.29 / 東京 2400m

DOMINATE JAPAN

第18回 ジャパンカップ

スペシャルウィーク、エアグルーヴら歴戦の古馬を相手に、3歳馬(旧4歳)が挑んだ大一番。 道中3番手から堂々と抜け出し、女帝エアグルーヴに2馬身半差をつける圧勝劇。 この勝利で、彼は「日本にはもう敵はいない」ことを証明し、フランス遠征へと舵を切る。

1着 エルコンドルパサー 2着 エアグルーヴ
03
Grand Prix de Saint-Cloud
FR
1999.07.04 / サンクルー 2400m

CONQUER EUROPE

サンクルー大賞

欧州特有の重い芝、アウェーの洗礼。すべてを跳ね返し、 ドイツ年度代表馬タイガーヒルや凱旋門賞馬サガミックスを完封。 蛯名騎手が涙したこの勝利は、日本馬が欧州G1の頂点に立った歴史的瞬間であり、 世界が「エルコンドルパサー」の名を刻み込んだ日でもあった。

MARGIN
2.5 LEN
HISTORY
JAPAN'S 1st
04
Prix de l'Arc de Triomphe
1
1999.10.03 / ロンシャン 2400m

THE LEGEND

第78回 凱旋門賞

歴史的な不良馬場の中、果敢に逃げを打つ。 最後の直線、モンジューとの死闘。半馬身差の2着に敗れはしたが、 現地紙は「チャンピオンが2頭いた」と最大級の賛辞を贈った。 世界最高峰の舞台で、日本馬が頂点に手をかけた伝説のレース。

1着 モンジュー 2着 エルコンドルパサー
DATA ANALYTICS

24年間破られなかった
世界No.1の証明

エルコンドルパサーが残した最も偉大な数字、それはインターナショナル・クラシフィケーション(現ワールド・ベスト・レースホース・ランキング)における134ポンドという評価値だ。 これは当時の世界最高峰凱旋門賞馬モンジューやデイラミと同等の数値であり、2023年にイクイノックスが更新するまでの24年間、日本調教馬の歴代最高値として君臨し続けた。 世界が認めた「日本最強」の証である。

134

INTERNATIONAL RATING

国際レート 134ポンド

※1999年度 代表値

HISTORICAL RATING

日本馬の国際評価
WORLD CLASS STANDARD 125
CHAMPION LEVEL
EL CONDOR PASA (1999) 134
LEGENDARY SCORE
YEARS AS NO.1 24 YEARS
UNBROKEN RECORD
記録保持期間
EL CONDOR
本当にパーフェクトと言っていい。
20世紀最高の馬です。
主戦騎手 蛯名正義
インタビューより
おそらく硬い馬場だったら、
我々は敵わなかったと思う。
J.ハモンド調教師 (モンジュー管理)
凱旋門賞後のコメント
FAN VOICES

ファンからの声

K

深夜のテレビ中継、ゴール前で叫びました。 負けはしたけど、あのロンシャンの直線で粘る姿は一生忘れません。 「日本馬でも世界と戦えるんだ」と勇気をもらいました。

S

ジャパンカップでの強さは衝撃的でした。 あのスペシャルウィークやエアグルーヴを子供扱いするなんて。 「底が見えない」とはまさにこのことだと思いました。

Y

ゲームでエルコンドルパサーを知り、史実を調べて涙しました。 異国の地でたった一頭で戦い抜いた精神力。 もっと長く生きてほしかった。最高のヒーローです。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

世界を旅した怪鳥の、知られざるフランスでの日々

01

調教では「動かない」馬

フランス遠征中、エルコンドルパサーは調教で驚くほど動かなかったという。 普段は抜群の動きを見せる彼が、慣れない環境に戸惑っていたのか、あるいは力を温存していたのか。 スタッフは不安を抱えたが、いざレースになれば豹変。 野平祐二氏は「めいっぱいの力を他人にあまり見せないで、いつの間にか強くなった」と評した。 オンとオフを完全に使い分ける、プロフェッショナルの流儀だったのかもしれない。

02

フランスで勝ち取った敬意

滞在していたラモレー調教場では、異例の厚遇を受けた。 本来厳格なルールがある中で、エルコンドルパサーは「整地直後の絶好の馬場」を優先的に使わせてもらえたという。 これは単なる客員へのサービスではない。 サンクルー大賞で見せた圧倒的なパフォーマンスに対し、現地のホースマンたちが送った 最大級のリスペクトの証だった。

Montjeu
THE CHAMPION
THE WALL

MONTJEU

モンジュー

日本競馬の夢を、あと一歩のところで阻んだ巨大な壁。 欧州最強の3歳馬モンジュー。

1999年、ロンシャンの泥んこ馬場。 逃げるエルコンドルパサーを、ただ一頭、猛然と追いかけてきたのが彼だった。 残り100メートルでの死闘。互いに譲らぬ魂のぶつかり合い。 半馬身差で敗れはしたが、現地メディアはこう称えた。 「今年の凱旋門賞には、チャンピオンが2頭いた」と。

最強の敵がいたからこそ、あの2着は「金メダルに近い銀メダル」として永遠に輝いている。

1999 PRIX DE L'ARC DE TRIOMPHE
2nd EL CONDOR PASA
vs
1st MONTJEU

世界を拓いた怪鳥

世界を拓いた怪鳥

「日本馬は世界では勝てない」 かつて、それは常識であり、超えられない壁だと思われていた。 スピードが違う、馬場が違う、血統が違う。数多の理由が積み上げられ、挑戦者たちは跳ね返され続けてきた。 しかし、その常識をたった一頭で覆し、こじ開けた馬がいる。 エルコンドルパサー。アンデスの空を舞うコンドルの名を持つ彼は、まさに日本競馬が世界へと飛翔するための「翼」だった。

完璧なる国内制圧、そして伝説の敗北

ダートでデビューし、芝のマイルG1を制し、ジャパンカップで古馬を蹂躙する。 彼のキャリアは規格外だった。底知れぬポテンシャルを見せつけ、国内最強の座を確実なものとした。 唯一の敗北は、あの伝説の毎日王冠。 稀代の逃亡者サイレンススズカに屈したレースだが、休み明けで初めて本気で追われた経験は、彼をさらなる高みへと押し上げた。 「負けて強くなる」。彼は敗北すらも糧にし、海を渡る決意を固める。

孤独なフランスでの戦い

1999年、長期フランス遠征。今では当たり前となった海外遠征も、当時は手探りの冒険だった。 言葉も通じない、馬場も違う異国の地。 初戦のイスパーン賞で敗れた後、彼は現地の環境に適応し、肉体改造すら遂げていく。 サンクルー大賞での勝利は、日本馬が欧州の主要G1を制した記念すべき瞬間だった。 アウェーの地で、彼はいつしか現地のホースマンからも一目置かれる存在となっていた。

ロンシャンの奇跡、永遠の価値

そして迎えた凱旋門賞。極悪の不良馬場。 誰もがスタミナを削られる消耗戦の中、彼は果敢に先頭を走り続けた。 直線を向いても脚色は衰えない。逃げ切りかと思われたその時、欧州最強馬モンジューが襲いかかる。 結果は2着。しかし、それは「惨敗」の歴史を塗り替える「栄光」の2着だった。 3着以下を大きく引き離したその走りは、世界に「日本馬強し」を強烈に印象づけた。

「彼は私の誇りであり、日本競馬の誇りです」
――渡邊隆オーナー

引退後、種牡馬としてわずか3世代を残して彼は早世した。7歳というあまりにも早すぎる死。 しかし、その血と精神は確実に受け継がれている。 彼が開いた扉の向こう側へ、後の日本馬たちが次々と飛び出していった。 世界一のレーティング134ポンド。 その数字が24年間も輝き続けたのは、彼が到達した場所がいかに高かったかの証明だ。 エルコンドルパサー。その名は、日本競馬が世界と対等になった時代の象徴として、永遠に語り継がれていく。