日本のダート競馬には、時として物理法則を疑わせるほどの「絶対者」が現れる。クリソベリル。その名は、光り輝く宝石を意味する。しかし、彼がターフの砂上で見せた姿は、宝石の繊細さよりも、すべてを押し潰し前進する重戦車の力強さそのものだった。
無敗の進撃、その静かな衝撃
デビュー戦での7馬身差。それは単なる圧勝ではなく、新たな伝説の幕開けだった。川田将雅騎手がその背に乗るたび、クリソベリルは期待以上の答えを叩き出した。地方の重賞、そして3歳にして挑んだチャンピオンズカップ。一戦ごとに、彼は「強い馬」から「負けるはずのない馬」へと昇華していった。インティ、ゴールドドリームといった並み居る強豪を、直線で悠々と差し切った時の静かな衝撃。中京の砂に刻まれたレコードタイムは、彼の王座が絶対的なものであることを証明していた。
沈黙の叫び、喉を抜ける風
しかし、神は彼に無敵の力を与える一方で、あまりにも過酷な試練を用意していた。絶頂期を過ぎた5歳。長期休養から戻った彼は、かつての彼ではなかった。船橋の直線、いつもなら後続を突き放すはずの彼が、もがいていた。レース後、下された診断は「喘鳴症」。喉を通り、肺へと送り込まれるはずの風が、彼の体を苦しめていた。ステージ4。競走馬にとって最も残酷な宣告。彼は沈黙の中で、誰にも言えない苦しみと戦いながら、最後まで王者の誇りを捨てずに走り抜いたのだった。
砂に消えた足跡、次代へ繋ぐ光
国内8戦無敗。その輝かしい数字を抱えたまま、クリソベリルはターフを去った。11戦8勝という戦績は、もっと伸びていたかもしれない。もし喉の病さえなければ、世界をも跪かせていたかもしれない。しかし、その「もし」を補って余りあるほどの熱狂を、彼は私たちに与えてくれた。引退後、彼は種牡馬として新たな使命を担っている。その強靭な馬体と、砂を掴む抜群のセンス。彼の血を継ぐ者たちが、再びダートの王道を歩む日が来るだろう。砂上に消えた足跡は、決して失われたのではない。それは次代へと続く、消えない輝きとして刻まれているのだ。
「素晴らしいポテンシャルを持っていた。日本で負けていい馬ではなかった」
――川田将雅
クリソベリルが駆け抜けた季節。それは、私たちが「砂の神話」を目の当たりにした、あまりにも短く、そして眩い時間だった。かつて砂を統べた王者の名は、日本のダート競馬が続く限り、語り継がれることになるだろう。




