バスラットレオンという競走馬のキャリアは、決して平坦なエリートコースではなかった。むしろ、期待と絶望、そして再生を繰り返す、一篇のロードムービーのような物語である。彼は常に前を向き、誰にも邪魔されない先頭の景色を追い求め、海を渡り続けた。
悪夢、そして暗転
2021年のNHKマイルカップ。ニュージーランドトロフィーで見せた5馬身差の圧勝から、彼は「新時代の逃げ馬」として、誰よりも大きな期待を背負って東京競馬場のゲートに入った。しかし、ファンが目にしたのは歓喜のゴールではなく、スタート直後の落馬という残酷な結末だった。一人で空しく駆け抜ける彼の背中は、それから長い不振のトンネルを暗示しているかのようだった。勝てない日々が続き、かつての輝きは薄れ、「早熟の逃げ馬」というレッテルが貼られようとしていた。
異国の砂、再生の咆哮
転機は、誰もが彼を忘れかけていた2022年のドバイ。メイダン競馬場の乾いた砂の上だった。人気薄。格上の強豪たち。だが、バスラットレオンは臆することなく先頭に立った。鞍上の坂井瑠星と呼吸を合わせ、泥臭く、執念深く粘り込む。ゴール板を駆け抜けた瞬間、日本の競馬界は驚愕に包まれた。1年ぶりの勝利が世界の重賞。あの落馬から始まった悪夢を、彼は自らの脚で、異国の砂の上で振り払ったのだ。この日、彼は単なる「逃げ馬」から、世界のどんな環境でも戦い抜ける「ボイジャー(航海者)」へと進化した。
託されたバトン
その後もイギリス、フランス、韓国と、彼は世界地図を広げるように走り続けた。勝利の数以上に、そのタフな挑戦姿勢は多くの競馬ファンの心を掴んだ。そして迎えた2024年のラストラン。彼の背中には、かつて初勝利を共に分かち合った古川奈穂騎手がいた。世界を知るベテラン馬が、これからを担う若き女性騎手をエスコートするように、佐賀の地方競馬場を泥だらけになって駆け抜けた。その姿には、勝敗を超えた「教育」と「愛」が溢れていた。数字だけでは測れない、記憶の中に深く刻まれる逃走劇。バスラットレオンが遺した轍は、次の世代へと続く勇気の道標となるだろう。
「彼は僕に初めての海外重賞をプレゼントしてくれた、特別な馬です」
―― 坂井瑠星
通算29戦。その一歩一歩が、日本競馬の可能性を広げる壮大な旅路だった。バスラットレオン。彼はもう先頭を走る必要はない。これからは静かな牧場で、かつて駆け抜けた世界中の風を思い出しながら、その誇り高き蹄音を歴史に刻み続ける。





