父ディープインパクトがこの世を去り、その最後の方の産駒として誕生したアスクビクターモア。彼に託された宿命は、あまりにも大きく、そして重いものだった。しかし彼は、その期待を背負いながら、自らの足跡を確かなものとして刻み込んでいった。
三冠最後の、意地の証明
春のクラシックでは、あと一歩が届かなかった。皐月賞5着、ダービー3着。能力の高さは誰もが認めていたが、勝利の女神はなかなか微笑まない。しかし、秋の菊花賞。阪神3000mという過酷な舞台で、彼は自ら厳しい展開を作り出し、逃げるように、あるいは突き放すようにしてレコードを叩き出した。それは「自分こそが最強である」という、叫びにも似た証明だった。
あまりにも早すぎた別れ
菊花賞馬として、さらなる飛躍が期待された4歳時。しかし、運命は残酷な形で彼をターフから連れ去った。2023年夏、放牧先での熱中症による急死。その報に接した競馬界は深い悲しみに包まれた。これから円熟期を迎え、さらに強い姿を見せてくれるはずだった天才の早すぎる死。トレンドを埋め尽くした追悼の言葉は、彼がどれほど愛されていたかを物語っていた。
「例年のダービーならこの時計は勝っている。悔いはない。それだけの馬なんだ」
――田村康仁
アスクビクターモア。その名は「勝利を、もっと」と願う切実な祈りのようでもある。彼が遺した菊花賞のレコードタイムは、今もなお色褪せることなく掲示板に刻まれている。紺碧の空へと駆け抜けていったその魂は、今もなお、私たちが空を見上げるたびに、あの秋の日の熱狂を思い出させてくれる。父ディープインパクトが遺した最後の至宝として。




