ベガ:西の空に輝いた一等星の軌跡
Vega

The Brightest Star Vega

「西の一等星」は、
東の空でも美しく輝いた。

PROFILE

生誕1990.03.08
調教師松田博資 (栗東)
主戦騎手武豊
通算成績9戦4勝 [4-1-1-3]
主な勝鞍 桜花賞 (G1)
優駿牝馬 (G1)
チューリップ賞 (OP)

PEDIGREE

FATHER
トニービン
(アイルランド) 1983
カンパラ
セヴェリーヌ
×
MOTHER
アンティックヴァリュー
(アメリカ) 1979
Northern Dancer
Moonscape

父は凱旋門賞馬、母系はノーザンダンサーの血を引く超良血。トニービンの初年度産駒として、左前脚の内向という致命的なハンデを抱えながらも、その圧倒的なスピードと気性の強さで頂点へと登り詰めた。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 9 RUNS 4 - 1 - 1 - 3
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1994.06.12宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m武豊13th
1994.04.03産経大阪杯 (G2)阪神 / 芝2000m武豊9th
1993.12.26有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m武豊9th
1993.11.14エリザベス女王杯 (G1)京都 / 芝2400m武豊3rd
1993.05.23優駿牝馬 (G1)東京 / 芝2400m武豊1st
1993.04.11桜花賞 (G1)阪神 / 芝1600m武豊1st
1993.03.13チューリップ賞 (OP)阪神 / 芝1600m武豊1st
1993.01.244歳新馬京都 / 芝2000m武豊1st
1993.01.094歳新馬京都 / 芝1800m橋本美純2nd
CAREER HIGHLIGHTS

一等星の証明

01
Oka Sho
4-8
1993.04.11 / 阪神 1600m

THE AWAKENING

第53回 桜花賞

「西の一等星は東の空にも輝いた」。三宅アナの名実況と共に、ベガの伝説が幕を開けた。マイルは短いという下馬評を覆し、武豊の手綱に応えて直線で一気に加速。ライバル・ユキノビジンとの死闘をクビ差で制し、世代最強の座を確固たるものにした。

TIME
1:37.2
LAST 1F
13.4
02
Yushun Himba
7-13
1993.05.23 / 東京 2400m

GLORIOUS DOUBLE

第54回 優駿牝馬

股関節の不安を抱えながら挑んだ樫の舞台。2400mへの距離延長も懸念されたが、府中の直線、彼女は翼を広げた。先行するユキノビジンを残り200mで並ぶ間もなく交わし去り、1馬身3/4差の完勝。史上9頭目となる牝馬二冠の偉業を達成した。

1着 ベガ2着 ユキノビジン
03
Queen Elizabeth II Cup
6-12
1993.11.14 / 京都 2400m

SHADOWS & LIGHT

第18回 エリザベス女王杯

牝馬三冠への期待を一身に背負った最終章。しかし、レース中に右後脚を負傷する不運に見舞われる。激痛に耐えながら懸命に脚を伸ばしたが、結果は3着。「ベガはベガでもホクトベガ」という実況に主役を譲ったが、満身創痍で走り抜いたその姿は誇り高かった。

RESULT
3rd
NOTE
Injury
04
Maiden Race
5-8
1993.01.24 / 京都 2000m

THE ENCOUNTER

4歳新馬

デビュー2戦目、武豊との初コンビ。調教も満足にできない脚部不安を抱えながら、若き天才騎手のエスコートを得たベガは別馬のような走りを見せた。2着に4馬身差をつける圧勝。後に数々の栄光を築く「武豊×ベガ」という黄金コンビが誕生した瞬間だった。

1着 ベガ2着 キョウワジュテーム
DATA ANALYTICS

宿命を超えた
二冠の軌跡

生まれつき左前脚が内側に曲がっていた彼女にとって、競走生活そのものが奇跡の連続だった。調教すら制限されるハンデを抱えながら、クラシック二冠を達成した事実は、彼女の資質がいかに規格外であったかを物語っている。牝馬二冠におけるユキノビジンとの合計着差は約2馬身。その差は数字以上に決定的な「格」の違いを示していた。

Double

CLASSIC DOUBLE

桜花賞 & オークス

※1993 牝馬二冠達成

CLASSIC PERFORMANCE

圧倒的な勝負根性
OKA SHO MARGINNeck
FIGHTING SPIRIT
OAKS MARGIN1 3/4 Lengths
ABSOLUTE POWER
HANDICAP LEVELHigh Risk
MIRACLE BORN
身体的リスク指数
VEGA
武豊にとっての最強牝馬は、
エアグルーヴか、ベガか。
主戦騎手 武豊
インタビューより
ベガのおかげで、
現在の自分がある。
調教師 松田博資
回顧録にて
FAN VOICES

ファンからの声

H

オークスの直線、内からスッと抜けてきた時の美しさ。脚が悪かったなんて信じられないほどの力強さでした。まさに「一等星」の輝きでした。

Y

息子のアドマイヤベガがダービーを勝った時、母ベガの姿が重なって涙が出ました。名馬は、その血の中でも輝き続けるのですね。

K

「ベガはベガでも」という実況は有名だけど、ファンにとってはいつまでも、ベガこそが唯一無二の主役でした。あの悔しさも思い出です。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

奇跡の名牝を取り巻く、愛と執念の物語

01

約束された血の価値

オークス制覇後、その才能を確信した馬主の近藤利一氏は、当時の所有者である吉田和子氏に「1億円で譲ってほしい」と懇願した。断られた近藤氏は「ならばその仔を私に売ってほしい」と約束を取り付ける。この執念が、後のダービー馬アドマイヤベガやアドマイヤドンという伝説の産駒たちへと繋がっていった。

02

「ベタ爪」との孤独な戦い

彼女を苦しめたのは脚の曲がりだけではなかった。蹄の底が極端に薄い「ベタ爪」のため、激しい調教をすればすぐに蹄を傷めてしまう。松田調教師は薄氷を踏むような思いで彼女を仕上げ、「まるでガラス細工を扱うようだった」と振り返る。二冠達成は、陣営の献身的なケアが生んだ芸術品でもあった。

Yukino Bijin
THE ARCHRIVAL
DESTINY

YUKINO BIJIN

ユキノビジン

岩手からやってきた、編み込みリボンの「北の令嬢」。彼女がいたからこそ、ベガの輝きはより鮮明になった。

1993年の春、桜花賞とオークス。ユキノビジンは常にベガの前に立ちはだかり、そして最後にはその背中を追いかけた。共に股関節や脚元に不安を抱えながら、限界を超えて削り合った2400メートル。

勝利したベガ。敗れてなお美しかったユキノビジン。二頭が織りなしたコントラストは、今も90年代牝馬戦線の最高傑作として語り継がれている。

1993OKA SHO / OAKS
1stベガ
vs
2ndユキノビジン

天に輝く母の星

天に輝く母の星

その生涯は、決して平坦なものではなかった。1990年、トニービンの初年度産駒として生を受けた彼女を待っていたのは、競走馬として絶望的とも言える「左前脚の内向」という過酷な現実だった。セリでも誰の目にも留まらず、ただ静かに消えていくはずだった運命。しかし、彼女の内側に秘められた「輝き」を見抜いた人々が、彼女をターフへと導いた。

三ヶ月間の、閃光のごとき疾走

デビューからの道のりは、まさに「一等星」が夜空を横切るような鮮烈さだった。武豊という若き才能と出会い、彼女はその歪んだ脚で、誰よりも速く、誰よりも力強く地面を蹴った。桜花賞で見せた勝負根性、オークスで見せた圧倒的な加速力。脚部不安からくる調教不足を、持って生まれた天賦の才だけで凌駕していく姿は、見る者の心を激しく揺さぶった。わずか三ヶ月の間に、彼女は日本競馬の頂点へと登り詰めたのである。

悲劇すらも、伝説のスパイスに変えて

しかし、神様は彼女にさらなる試練を与えた。三冠をかけたエリザベス女王杯、彼女はレース中に骨折という深手を負う。激痛の中、それでも彼女はゴールを目指した。結果は3着。歴史的な大番狂わせを演出した「ベガはベガでも、ホクトベガ」という言葉の裏で、彼女は一言の不平も漏らさず、ただ静かにターフを去る準備をしていた。その負傷さえも、彼女の物語をより深く、切ないものへと昇華させた。

受け継がれる、不滅の輝き

引退後、彼女は母として新たな奇跡を起こす。初仔のアドマイヤベガがダービーを制し、アドマイヤドンが砂の王座に君臨した。自らが成し遂げられなかった夢、そして自らの脚に宿っていた「走る喜び」を、彼女は子供たちに託したのである。2006年、突然の別れが訪れたが、彼女が残した血の灯火は、孫のハープスターへと、そしてその先の世代へと脈々と受け継がれている。

「彼女の脚は曲がっていた。けれど、彼女の心は、どの馬よりも真っ直ぐにゴールを見据えていた」

夜空を見上げれば、そこには今も変わらずベガが輝いている。西の一等星。かつて地上のターフを駆け抜けたその光は、今も私たちの記憶の中で、決して色褪せることなく瞬き続けている。私たちは忘れない。逆境を跳ね返し、天にまで届くような輝きを見せた、孤高の名牝の姿を。