Rice Shower

Black Assassin Rice Shower

「極限」まで削ぎ落とされた、
その魂の走りに、人々は涙した。

PROFILE

生誕1989.03.05
調教師飯塚好次 (美浦)
主戦騎手的場均
通算成績25戦6勝 [6-5-1-13]
主な勝鞍 天皇賞・春 (G1) 2回
菊花賞 (G1)
日経賞 (G2)
芙蓉ステークス (OP)

PEDIGREE

FATHER
リアルシャダイ
(USA) 1979
Roberto
Desert Vixen
×
MOTHER
ライラックポイント
(日本) 1979
マルゼンスキー
ブランブルー

父はスタミナの権化ロベルト系の名種牡馬、母の父は日本競馬の至宝マルゼンスキー。距離が延びるほどに輝きを増す「純然たるステイヤー」の血筋を受け継ぎ、小柄な馬体に無限のスタミナと不屈の根性を秘めた漆黒のサラブレッドが誕生した。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 25 RUNS 6 - 5 - 1 - 13
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1995.06.04宝塚記念 (G1)京都 / 芝2200m的場均中止
1995.04.23天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m的な均1st
1995.03.19日経賞 (G2)中山 / 芝2500m的な均6th
1994.03.20日経賞 (G2)中山 / 芝2500m的な均2nd
1993.04.25天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m的な均1st
1993.03.21日経賞 (G2)中山 / 芝2500m的な均1st
1992.11.08菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m的な均1st
1992.05.31東京優駿 (G1)東京 / 芝2400m的な均2nd
1991.09.21芙蓉ステークス (OP)中山 / 芝1600m水野貴広1st
1991.08.103歳新馬新潟 / 芝1000m水野貴広1st
CAREER HIGHLIGHTS

淀を愛し、淀に愛された刺客

01
Kikuka Sho
4-8
1992.11.08 / 京都 3000m

THE ASSASSIN

第53回 菊花賞

無敗の三冠を狙うミホノブルボン。京都の直線、その背中をただ一頭追ったのがライスシャワーだった。標的を仕留めるためだけに磨かれた末脚が、残り100mで宿敵を捉える。当時のレコードを更新する3分5秒0。黒い刺客が伝説を切り裂いた瞬間だった。

TIME
3:05.0
RESULT
RECORD
02
Tenno Sho Spring
3
1993.04.25 / 京都 3200m

EXTREME POLISH

第107回 天皇賞(春)

王者メジロマックイーンの三連覇を阻止すべく、飯塚調教師が施した究極の仕上げ。馬体重は430kgまで絞られ、その瞳には殺気が宿っていた。王者の外から被せ、ねじ伏せるような完勝。再び「刺客」としての牙を剥き、世界を驚愕させるレコードを叩き出した。

1着 ライスシャワー2着 メジロマックイーン
03
Tenno Sho Spring 1995
1-1
1995.04.23 / 京都 3200m

THE RESURRECTION

第111回 天皇賞(春)

幾度の骨折と絶望的な低迷期を乗り越え、728日ぶりに戻ってきた栄光の舞台。第3コーナーからの異例のロングスパート。粘るステージジャンプをハナ差だけ抑え込んだ。もはや彼は刺客ではなかった。不屈の精神で返り咲いた、誰もが愛する「ヒーロー」だった。

INTERVAL
728 DAYS
MARGIN
NOSE
04
Takarazuka Kinen
16
1995.06.04 / 京都 2200m

ETERNAL SLEEP

第36回 宝塚記念

ファン投票1位に推された最初で最後の舞台。第3コーナー、ライスシャワーの体が震え、ターフに崩れ落ちた。予後不良、安楽死。あまりにも悲劇的な最期。しかし彼は、倒れる瞬間に的場騎手を守るように踏ん張った。愛する京都の地で、彼は永遠の眠りについた。

ファン投票 1位永遠のステイヤー
DATA ANALYTICS

究極の
ステイヤー性能

ライスシャワーの真骨頂は、3000mを超える長距離での圧倒的なレコード性能にある。1992年の菊花賞で3分5秒0、1993年の天皇賞(春)で3分17秒1と、歴史を塗り替えるタイムを連発した。小柄な馬体に秘められたスタミナは、並み居る名馬を凌駕し、「長距離こそがサラブレッドの完成形」であることを証明し続けた。

3:17.1

KYOTO RECORD

3200m 走破時計

※1993 天皇賞(春)当時

DISTANCE APTITUDE

距離別適性の証明
SHORT (1200-1600m)★☆☆☆☆
NOT FOR HIM
MIDDLE (2000-2400m)★★★☆☆
CLASSIC CONTENDER
STAYER (3000m+)★★★★★
KING OF STAYERS
長距離適性特化型
STAYER
能力どうのこうのでなくて、気力がすごいんです。
ハミを噛みしめて頑張ってくれた。
主戦騎手 的場均
天皇賞(春)勝利後インタビューより
追い切りのあと、馬房にいたライスシャワーの目が
殺気立っている。顔はサラブレッドでなかった。
調教師 飯塚好次
「極限の仕上げ」を振り返って
FAN VOICES

ファンからの声

S

マックイーンを負かした時は憎かった。でも、2年ぶりの天皇賞での復活を見た時は、自然と涙が溢れて「ライス、おかえり」と叫んでいた。彼は淀の神様だったんだ。

Y

最後の宝塚記念、倒れながらも的場騎手を守った姿を忘れません。小さな体で、誰よりも強くて、誰よりも優しかったライス。君の走りは僕たちの心で走り続けている。

H

ウマ娘をきっかけに彼の現役時代を知りました。記録より記憶と言われるけれど、彼はレコードという記録もしっかり残している。不屈の精神は現代でも勇気をくれます。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

冷徹な刺客の仮面の下に隠された、あまりにも繊細な素顔

01

形見の蹄鉄

飯塚調教師は、ライスシャワーが宝塚記念で着用していた蹄鉄を、京都競馬場の土がついたまま大切に保管していた。飯塚は「いつか自分のお棺に一緒に入れてもらおうかな」と語るほど、この馬に全霊を捧げていた。それは調教師と馬の、種を超えた深い絆の証だった。

02

命の恩人

的場騎手は、今でもライスシャワーを「命の恩人」と呼ぶ。宝塚記念で転倒した際、ライスシャワーは激痛に耐え、的場騎手を落とさないよう必死に体を支えて踏ん張ったという。「普通ならパニックになる状況で、彼は僕を守った」。その騎士道精神は今も語り草となっている。

Mihono Bourbon
THE ETERNAL RIVAL
DESTINY

MIHONO BOURBON

ミホノブルボン

「サイボーグ」と呼ばれた無敗の二冠馬。彼が三冠という頂点に手をかけようとしたその時、背後から音もなく忍び寄り、その夢を奪い去ったのがライスシャワーだった。

スパルタ教育で鍛え上げられた鉄の馬と、極限の調整で磨き抜かれた漆黒の刺客。正反対の道を歩んできた二頭の対決は、1992年のクラシック戦線を最高潮へと導いた。

ブルボンが引退した後も、ライスシャワーはそのライバルの幻影を追うように走り続けた。宿敵がいたからこそ、彼は「刺客」として覚醒することができたのだ。

1992菊花賞
1stライスシャワー
vs
2ndミホノブルボン

淀に散った、美しきステイヤー

淀に散った、美しきステイヤー

漆黒の馬体に、どこか哀愁を漂わせた瞳。ライスシャワーという名は、祝福の「米のシャワー」を意味していたが、彼の歩んだ道のりは、時に残酷なまでに過酷で、時に劇的なまでの輝きに満ちていた。彼はただ速く走ろうとしたのではない。ただひたすらに、与えられた「勝利」という標的だけを見つめ、命を削って走り続けた。

刺客と呼ばれた孤独な日々

1992年、日本中がミホノブルボンの三冠達成を待ち望んでいた。しかし、ライスシャワーはその期待を容赦なく打ち砕く。翌年、天皇賞(春)では、三連覇を狙う王者メジロマックイーンを完膚なきまでに叩きのめした。人々は彼を「黒い刺客」と呼び、勝利のあとにさえブーイングが浴びせられることもあった。しかし、彼はその孤独を受け入れ、ただ黙々と、極限まで磨き上げられた肉体でターフを切り裂いた。

絶望の底からの、奇跡の帰還

栄光は長くは続かなかった。マックイーンを下した代償のように、彼の体は疲弊し、度重なる骨折が彼を襲った。誰もが「ライスは終わった」と口にし、種牡馬としての価値さえ疑問視された。しかし、彼は諦めなかった。1995年、天皇賞(春)。728日の空白を経て、彼は再び京都の地で先頭に立った。その時、かつて彼を「悪役」と呼んだファンたちが、その不屈の闘志に心打たれ、地を揺るがすような大声援で彼を包み込んだ。刺客は、この日、真のヒーローとなったのだ。

淀の芝に溶けた魂

そして迎えた宝塚記念。彼は愛する京都で、文字通りターフと一つになった。倒れゆくその瞬間、自分よりも騎手の命を案じたような最期の行動。ライスシャワー。彼は勝つことで誰かの夢を壊したかもしれないが、それ以上に多くの人々に「立ち上がる勇気」を与えてくれた。現在、京都競馬場の片隅にひっそりと佇む彼の碑には、今も途絶えることなくファンが訪れ、好物だった青草や花を供える。淀の風が吹くたび、私たちは思い出す。あの美しく、切ないステイヤーが駆け抜けた、永遠の季節を。

「ライスシャワーは僕の命の恩人です。彼は最期まで、僕を守ってくれました」
――的場均

通算25戦6勝。その数字の中に収まりきらないほどのドラマを、彼はその蹄音と共に残していった。彼が愛した京都の第3コーナーは、今も静かに彼の帰りを待っている。ライスシャワー、君の名は永遠に、祝福のシャワーと共に、競馬ファンの心に降り注ぎ続けるだろう。