ニシノフラワーという馬の名を聞いて、オールドファンが思い浮かべるのは、中山の急坂を物ともせず突き抜けたあの電撃の瞬発力だろう。1990年代初頭、日本競馬が空前のブームに沸く中で、彼女はまさに「小さな天才少女」として彗星のごとく現れた。馬体重420kg。サラブレッドとしてはあまりにも華奢なその体躯に、世界を制するスピードが凝縮されていた。
無垢なる連勝、そして頂点へ
デビューから4戦無敗でG1を制したその軌跡は、まさに天才のそれだった。しかし、彼女の物語は単なるエリートの歩みではない。前哨戦での敗北、距離の壁に泣いたオークス。挫折を経験するたびに、彼女はその度に「自らの戦場」を見定め、さらに強く輝いた。特に、牝馬でありながら牡馬の強豪を一蹴したスプリンターズSは、彼女が単なる「可愛いお嬢様」ではなく、誇り高き「闘神」であることを証明した一戦だった。
河内洋との絆
名手・河内洋が彼女の背で語った「心配がいらない」という言葉。それは、圧倒的な信頼の証だった。指示に対して忠実でありながら、いざゲートが開けば野獣のような勝負根性を見せる。その二面性こそが、彼女を特別な存在にしていた。桜花賞で見せた、他馬を置き去りにするあの加速。それは、見ていた者全ての時を止めるほどに美しく、残酷なまでに速かった。
受け継がれる「ニシノ」の意志
引退後、彼女は故郷・西山牧場で母となった。31歳という長い生涯を終えるまで、彼女は多くの産駒を送り出し、その血は現代の競馬にも脈々と受け継がれている。2021年、ゲームの世界で再びスポットライトを浴びた彼女は、かつて彼女の走りを知らなかった若い世代をも虜にした。時代が変わっても、彼女がターフに残したあの疾風のような記憶は、決して色褪せることはない。小さな一輪の花は、今もなお、競馬史という広大な大地の中で凛として咲き続けている。
「小さくても、その闘志は誰よりも大きかった。彼女は私にとって、忘れられない宝物です」
――関係者の言葉より
私たちは忘れない。424kgの身体で、誰よりも速く、誰よりも美しく駆け抜けた、あの天才少女の姿を。ニシノフラワー。その名は、永遠に「最速」の代名詞として、私たちの心に刻まれている。




