ニシノフラワー - 記録
Nishino Flower

The ProdigyNishino Flower

小さく、美しく、
そして誰よりも速く。

PROFILE

生誕1989.04.19
調教師松田正弘 (栗東)
主戦騎手河内洋
通算成績16戦7勝 [7-1-3-5]
主な勝鞍桜花賞 (G1)
スプリンターズS (G1) 1992年
阪神3歳牝馬S (G1)
マイラーズC (G2)、デイリー杯3歳S (G2)

PEDIGREE

FATHER
Majestic Light
(USA) 1973
Majestic Prince
Irradiate
×
MOTHER
Duplicit
(USA) 1985
Danzig
Fabulous Native

父はアメリカG1を4勝した名種牡馬、母の父は世界的な大種牡馬ダンジグ。小柄で皮膚の薄い身体に、米国の超一流スピード血統が凝縮されている。「この馬は化ける」という調教師の直感が、西山牧場に初のG1タイトルをもたらした。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 16 RUNS7 - 1 - 3 - 5
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1993.12.12スプリンターズS (G1)中山 / 芝1200m河内洋3rd
1993.11.21マイルCS (G1)京都 / 芝1600m河内洋8th
1993.10.30スワンS (G2)京都 / 芝1400m河内洋3rd
1993.06.13宝塚記念 (G1)阪神 / 芝2200m河内洋3rd
1993.05.16安田記念 (G1)東京 / 芝1600m河内洋10th
1993.02.28マイラーズC (G2)阪神 / 芝1600m河内洋1st
1992.12.20スプリンターズS (G1)中山 / 芝1200m河内洋1st
1992.11.15エリザベス女王杯 (G1)京都 / 芝2400m河内洋3rd
1992.10.25ローズS (G2)京都 / 芝2000m河内洋4th
1992.05.24優駿牝馬 (G1)東京 / 芝2400m河内洋7th
1992.04.12桜花賞 (G1)阪神 / 芝1600m河内洋1st
1992.03.15チューリップ賞 (OP)阪神 / 芝1600m佐藤正雄2nd
1991.12.01阪神3歳牝馬S (G1)阪神 / 芝1600m佐藤正雄1st
1991.11.02デイリー杯3歳S (G2)京都 / 芝1400m佐藤正雄1st
1991.07.28札幌3歳S (G3)札幌 / 芝1200m佐藤正雄1st
1991.07.073歳新馬札幌 / ダ1000m佐藤正雄1st
CAREER HIGHLIGHTS

天才少女の証明

01
Hanshin 3yo Himba S
4-7
1991.12.01 / 阪神 1600m

THE AWAKENING

第43回 阪神3歳牝馬S

無傷の3連勝で挑んだ初舞台。1.9倍の圧倒的支持を受け、直線で鮮やかに抜け出した。後のG1馬シンコウラブリイらを子供扱いにする完勝劇。西山牧場に初のG1タイトルをもたらし、満票で最優秀3歳牝馬に選出された伝説の幕開け。

TIME
1:36.2
MARGIN
3/4 Length
02
Oka Sho
1
1992.04.12 / 阪神 1600m

PERFECT WIN

第52回 桜花賞

前哨戦での敗北を糧に、名手・河内洋を背に挑んだ大一番。好位3番手から早めに先頭へ並びかける強気の競馬。直線では後続を突き放す一方で、2着アドラーブルに3馬身半差の圧勝。424kgの小さな身体が、誰よりも大きく見えた春の午後だった。

1着 ニシノフラワー2着 アドラーブル
03
Sprinters S
4-8
1992.12.20 / 中山 1200m

WORLD CLASS

第26回 スプリンターズS

オークスの敗戦から適性を見極め、挑んだ電撃の6ハロン。ヤマニンゼファーら強力な牡馬勢を相手に、直線一気の豪脚を披露。ゴール寸前で完璧に差し切ったその走りは、3歳牝馬の域を完全に超えていた。短距離女王の地位を不動のものとした瞬間。

TIME
1:07.7
IMPACT
LEGEND
04
Milers Cup
4
1993.02.28 / 阪神 1600m

LAST GLORY

第24回 マイラーズC

5歳初戦。再びヤマニンゼファーとの死闘となったが、勝負根性で競り落とし完勝。これが彼女にとって生涯最後の勝利となった。以降、成績は下降線を辿るが、この時見せた輝きは、かつての天才少女が成熟した名牝へと進化した証左であった。

1着 ニシノフラワー2着 ヤマニンゼファー
DATA ANALYTICS

小柄な体に宿る
究極のスピード

ニシノフラワーの最大の特徴は、420kg台という驚異的な馬体重の軽さにある。グレード制導入以降の桜花賞勝ち馬でも最小級でありながら、そのスピードは並み居る牡馬を圧倒した。特にスプリンターズSで見せた瞬発力は、現代の競馬ファンにも語り継がれる「究極の切れ味」そのものであった。

424kg

BODY WEIGHT

桜花賞出走時馬体重

※1992年 桜花賞

DISTANCE APTITUDE

距離別勝率の推移
1200m (SPRINT)100%
UNBEATEN
1400m-1600m (MILE)80%
DOMINANT
2000m+ (LONG)0%
DIFFICULT
勝利貢献度
FLOWER
皮膚が薄い、これは化ける。
他馬より半年はお姉さんだった。
調教師 松田正弘
管理時の回想より
短距離であれば、
何の心配もいらない馬。
主戦騎手 河内洋
スプリンターズS後のコメント
FAN VOICES

ファンからの声

H

桜花賞のあのスピード。あんなに小さい馬が、後続をグングン引き離していく姿は衝撃でした。まさに「天才少女」という言葉がこれほど似合う馬はいません。

U

ゲームで彼女を知り、実際のレース動画を見て度肝を抜かれました。スプリンターズSの差し切りは、今の馬たちと比較しても全く見劣りしない凄まじい脚です。

W

31歳まで長生きしてくれてありがとう。あなたの血は今も日本の競馬界に流れています。西山牧場の誇りであり、私たちの永遠のアイドルです。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

その小さな体格からは想像もつかない、強い精神力と逸話

01

「大した馬じゃない」からの逆転

馬主の西山正行氏は、初めて彼女を見た際「足が長くて馬格もない、大した馬じゃない」と酷評したという。しかし、松田調教師の熱意に押されて引き受けを承諾。その「期待されていない少女」が、わずか数ヶ月後には日本競馬界の頂点へと駆け上がることになった。

02

母親としての成長

現役時代は気性が激しく「行きたがる」面があった彼女も、繁殖牝馬として西山牧場に戻ると変化を見せた。最初は子育てに戸惑う場面もあったが、年齢を重ねるごとに愛情深いお母さんになり、セイウンスカイとの配合など、多くのファンに夢を与え続けた。

Adorable
THE ARCHRIVAL
DESTINY

ADORABLE

アドラーブル

同じ1989年に生まれた宿命のライバル。桜花賞ではニシノフラワーが3馬身半差で圧倒したが、舞台が東京2400mのオークスへ移ると形勢は逆転した。

短距離の天才・ニシノフラワーに対し、スタミナのノーザンテースト産駒アドラーブル。適性の差が勝敗を分けたあの春の二冠は、まさに「矛と盾」の戦いだった。

引退後も、この二頭の激闘は90年代牝馬戦線のハイライトとして語り継がれている。互いの得意分野で頂点を分け合った、美しきライバル関係であった。

1992桜花賞
1stニシノフラワー
vs
2ndアドラーブル

時代を射抜いた一輪の花

時代を射抜いた一輪の花

ニシノフラワーという馬の名を聞いて、オールドファンが思い浮かべるのは、中山の急坂を物ともせず突き抜けたあの電撃の瞬発力だろう。1990年代初頭、日本競馬が空前のブームに沸く中で、彼女はまさに「小さな天才少女」として彗星のごとく現れた。馬体重420kg。サラブレッドとしてはあまりにも華奢なその体躯に、世界を制するスピードが凝縮されていた。

無垢なる連勝、そして頂点へ

デビューから4戦無敗でG1を制したその軌跡は、まさに天才のそれだった。しかし、彼女の物語は単なるエリートの歩みではない。前哨戦での敗北、距離の壁に泣いたオークス。挫折を経験するたびに、彼女はその度に「自らの戦場」を見定め、さらに強く輝いた。特に、牝馬でありながら牡馬の強豪を一蹴したスプリンターズSは、彼女が単なる「可愛いお嬢様」ではなく、誇り高き「闘神」であることを証明した一戦だった。

河内洋との絆

名手・河内洋が彼女の背で語った「心配がいらない」という言葉。それは、圧倒的な信頼の証だった。指示に対して忠実でありながら、いざゲートが開けば野獣のような勝負根性を見せる。その二面性こそが、彼女を特別な存在にしていた。桜花賞で見せた、他馬を置き去りにするあの加速。それは、見ていた者全ての時を止めるほどに美しく、残酷なまでに速かった。

受け継がれる「ニシノ」の意志

引退後、彼女は故郷・西山牧場で母となった。31歳という長い生涯を終えるまで、彼女は多くの産駒を送り出し、その血は現代の競馬にも脈々と受け継がれている。2021年、ゲームの世界で再びスポットライトを浴びた彼女は、かつて彼女の走りを知らなかった若い世代をも虜にした。時代が変わっても、彼女がターフに残したあの疾風のような記憶は、決して色褪せることはない。小さな一輪の花は、今もなお、競馬史という広大な大地の中で凛として咲き続けている。

「小さくても、その闘志は誰よりも大きかった。彼女は私にとって、忘れられない宝物です」
――関係者の言葉より

私たちは忘れない。424kgの身体で、誰よりも速く、誰よりも美しく駆け抜けた、あの天才少女の姿を。ニシノフラワー。その名は、永遠に「最速」の代名詞として、私たちの心に刻まれている。