Sakura Laurel

Immortal Blossom Sakura Laurel

「ガラスの脚」に宿った、
怪物を超える衝撃。

PROFILE

生誕1991.05.08
調教師境勝太郎 / 小島太 (美浦)
主戦騎手横山典弘 / 小島太
通算成績22戦9勝 [9-5-3-5]
主な勝鞍 天皇賞・春 (G1)
有馬記念 (G1)
中山記念 (G2)、オールカマー (G2)
金杯 (G3)

PEDIGREE

FATHER
Rainbow Quest
(USA/UK) 1981
Blushing Groom
I Will Follow
×
MOTHER
Lola Lola
(FR) 1985
Saint Cyrien
Boldie

父は凱旋門賞馬、母の父もフランスのG1馬という欧州最高峰の血。その高貴な血統ゆえの繊細さと、爆発的な瞬発力を併せ持つ「持ち込み馬」として、日本競馬の歴史を塗り替える存在となった。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 22 RUNS 9 - 5 - 3 - 5
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1997.09.14フォア賞 (G3)ロンシャン / 芝2400m武豊中止
1997.04.27天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m横山典弘2nd
1996.12.22有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m横山典弘1st
1996.10.27天皇賞・秋 (G1)東京 / 芝2000m横山典弘3rd
1996.09.15オールカマー (G2)中山 / 芝2200m横山典弘1st
1996.04.21天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m横山典弘1st
1996.03.10中山記念 (G2)中山 / 芝1800m横山典弘1st
1995.02.19目黒記念 (G2)東京 / 芝2500m小島太2nd
1995.01.05金杯 (G3)中山 / 芝2000m小島太1st
1994.12.18冬至S (1500万下)中山 / 芝2500m小島太1st
1994.11.20比良山特別 (900万下)京都 / 芝2200m小島太1st
1994.10.30秋興特別 (900万下)東京 / 芝2000m小島太2nd
1994.10.15六社特別 (900万下)東京 / 芝1800m小島太2nd
1994.09.25セントライト記念 (G2)中山 / 芝2200m的場均8th
1994.09.04佐渡S (900万下)新潟 / 芝2000m小島太3rd
1994.04.30青葉賞 (G3)東京 / 芝2400m小島太3rd
1994.03.264歳500万下中山 / ダ1800m小島太1st
1994.03.064歳500万下中山 / ダ1800mO.ペリエ2nd
1994.02.19春菜賞 (500万下)東京 / 芝1600m小島太6th
1994.01.304歳未勝利東京 / ダ1400m小島太1st
1994.01.154歳新馬中山 / 芝1600m小島太3rd
1994.01.064歳新馬中山 / 芝1600m小島太9th
CAREER HIGHLIGHTS

不屈の証明

01
Nakayama Kinen
3-3
1996.03.10 / 中山 1800m

THE RESURRECTION

第70回 中山記念

両前脚骨折という絶望の淵から384日。獣医師から「競走能力喪失」とまで宣告された馬が、ターフに戻ってきた。単勝9番人気の低評価を嘲笑うかのように、直線で豪快に突き抜ける。伝説の序章、奇跡の復活劇だった。

ABSENCE
384 Days
RANK
9th Fav
02
Tenno Sho Spring
7
1996.04.21 / 京都 3200m

OVER THE MONSTER

第113回 天皇賞(春)

三冠馬ナリタブライアンと、菊花賞馬マヤノトップガン。現役最強を決める盾の舞台で、彼は「第三の男」に過ぎなかった。しかし、ナリタブライアンが抜け出したその背後から、閃光のような末脚を繰り出す。怪物を力でねじ伏せ、王座を奪い取った。

1着 サクラローレル 2着 ナリタブライアン
03
Arima Kinen
3-6
1996.12.22 / 中山 2500m

GRAND FINALE

第41回 有馬記念

秋の天皇賞での敗戦を経て、真の現役最強を証明するための最終決戦。横山典弘の手綱に応え、外から堂々と突き抜ける完勝。定年を控えた境勝太郎調教師へ捧げた、悲願のグランプリ制覇。この勝利が彼を年度代表馬へと押し上げた。

RESULT
2:33.8
JRA AWARD
MVP
04
Tenno Sho Spring 1997
14
1997.04.27 / 京都 3200m

ETERNAL DUEL

第115回 天皇賞(春)

マヤノトップガン、マーベラスサンデーとの「三強」が激突した究極の一戦。サクラローレルは逃げ粘るマーベラスを捕らえにかかるが、その外から次元の違う脚で強襲したのがマヤノだった。歴史に残る激闘の末、惜しくも2着。しかしその強さは、敗れてなお燦然と輝いていた。

1着 マヤノトップガン 2着 サクラローレル
DATA ANALYTICS

驚異の
カムバック

サクラローレルのキャリアを象徴するのは、故障からの「復帰力」である。1995年の目黒記念後に発症した骨折は、普通であれば引退を余儀なくされるレベルだった。しかし彼は384日という長い沈黙を破り、重賞制覇、そしてG1戴冠へと繋げた。この不屈の精神こそが、彼を特別な一頭にしている。

384

DAYS ABSENT

長期休養期間

※1995.02 - 1996.03

HORSE OF THE YEAR (1996)

年度代表馬への得票
SAKURA LAUREL 179
VOTES RECEIVED
NEXT CANDIDATE 3
OTHER HORSES
VOTE RATIO 98.3%
OVERWHELMING
1996年 記者投票結果
LAUREL
想像以上の末脚でした。
ナリタブライアンを交わした時に、勝利を確信しました。
主戦騎手 横山典弘
天皇賞・春 勝利インタビューより
死ぬまでに一度は有馬を勝ちたかった。
この馬には本当に悪いことをした(もっと勝たせてやれた)。
調教師 境勝太郎
32年間の夢を叶えた有馬記念にて
FAN VOICES

不屈の桜に贈る言葉

S

ナリタブライアンが勝つと誰もが信じていたあの日。サクラローレルが突き抜けた時のあの震えるような感動は忘れられません。まさに「不屈」を絵に描いたような馬でした。

K

ガラスの脚と言われながらも、一度咲けば誰よりも美しかった。中山記念での復帰戦の走りは、今でも日本の競馬史上最高のカムバックの一つだと思っています。

H

ウマ娘でこの馬を知り、実際のレース動画を見て度肝を抜かれました。故障を乗り越えて三冠馬に挑むその姿、令和の今でも心を揺さぶられます。

BEHIND THE SCENES

桜の秘話

不屈の怪物の裏側にある、命のドラマ

01

薬殺の危機を救った一言

フランス遠征中、大怪我を負ったローレル。現地の獣医はあまりの重症に「薬殺してもいいか」とフランス語で問うた。動揺する周囲の中、言葉を理解したスタッフが「ローレルを殺す気か!」と一喝。その執念が、彼を種牡馬として日本へ帰還させる奇跡を起こした。

02

名伯楽の最後にして最大の賭け

定年目前だった境師。サクラローレルは彼に有馬記念を勝たせる最後のチャンスだった。極限の緊張の中、有馬を制した瞬間、師は涙を堪えたという。「いちばんの心残り」とまで言わしめた馬との絆は、日本競馬史に刻まれる師弟愛の結晶だった。

Narita Brian
THE MONSTER
DESTINY

NARITA BRIAN

ナリタブライアン

わずか5日違いで生まれた、二頭の英雄。一方は若くして三冠馬となり「怪物」と呼ばれ、もう一方は「ガラスの脚」に泣き、クラシックの舞台すら踏めなかった。

1996年春、運命は京都で交錯する。最強の名を取り戻そうとする三冠馬の前に、一年以上の沈黙から蘇ったローレルが立ちはだかった。

直線、ナリタブライアンが突き放しにかかる。それを外から呑み込んだローレルの脚。それは、光と影が入れ替わった瞬間であり、同期への敬意を込めた引導でもあった。

1996 天皇賞(春)
1st サクラローレル
vs
2nd ナリタブライアン

不屈の桜、不滅の盾

不屈の桜、不滅の盾

競馬の歴史において、これほどまでに「if」を語らせる馬はいないだろう。もし、彼にガラスの脚という宿命がなければ。もし、クラシックの舞台に彼が立っていたら。サクラローレルの蹄跡は、常に故障という深い闇に縁取られながら、それゆえにこそ、放たれた光はあまりにも鮮烈だった。

三冠馬の影で、じっと耐えた季節

1991年5月、稀代の怪物ナリタブライアンとわずか5日差で生まれたサクラローレル。しかし、その後の二頭の道は残酷なほどに対照的だった。ナリタブライアンが3馬身、5馬身、7馬身と後続をちぎり捨て、歴史的な三冠馬として競馬界の太陽となった頃、ローレルは球節炎や骨折に喘ぎ、薄暗い厩舎で脚の熱が引くのを待つ日々を過ごしていた。 「本当なら去年、このレースを勝っていたはずなんだ」 1996年の春、境勝太郎調教師が漏らしたその言葉には、誰よりもその才能を信じながら、咲かせてやれないことへの名伯楽の痛恨が滲んでいた。

沈黙を破る、一瞬の閃光

384日の休養。それは、競走馬にとっての永遠に等しい時間だ。1996年の中山記念、誰がこの馬の勝利を信じただろうか。9番人気という冷ややかな評価。しかし、サクラローレルは生きていた。直線の坂を駆け上がるその姿には、かつての脆弱さは微塵もなかった。 そして迎えた天皇賞(春)。先行するマヤノトップガンを、三冠馬ナリタブライアンが競り落とす。誰もが怪物の復活を確信した。だが、その外から、異次元の勢いで迫る一頭の影があった。サクラローレル。一完歩ごとに怪物を追い詰め、並び、そして鮮やかに抜き去った。ガラスの脚が、歴史を塗り替えた瞬間だった。

桜は散り際まで美しく

有馬記念を制し年度代表馬となった後の1997年。フランスの空の下、凱旋門賞という夢を目前にして、彼の脚は三度悲鳴を上げた。屈腱不全断裂。予後不良という最悪の言葉が飛び交う中、彼はまたしても生き残る。 その後の種牡馬生活を経て、2020年、彼は28歳という天寿を全うした。最期まで穏やかに、誇り高く。 サクラローレルという馬が残したのは、数字上の記録だけではない。何度踏みつけられても、どれほど深い雪に埋もれても、春になれば必ず美しく咲き誇る。その不屈の意志は、今もなおターフを愛する人々の心の中に、消えない桜吹雪として舞い続けている。

「彼はポニーのように優しかった。でも、走る時だけは誰にも負けない魂を持っていた」
――厩舎スタッフの回想より

私たちは決して忘れない。1996年の春、三冠馬という巨星を飲み込んだ、あの美しき「不屈の桜」の輝きを。