Nihon Pillow Winner

The Emperor Nihon Pillow Winner

「マイル」という道は、
彼が切り拓いた。

PROFILE

生誕1980.04.27
調教師服部正利 (栗東)
主戦騎手河内洋
通算成績26戦16勝 [16-3-2-5]
主な勝鞍 マイルチャンピオンシップ (GI) 2連覇
安田記念 (GI)
スワンステークス (GII)、読売マイラーズカップ (GII)
京王杯スプリングカップ (GII)、朝日チャレンジカップ (GIII)

PEDIGREE

FATHER
スティールハート
(英) 1972
Habitat
A.1.
×
MOTHER
ニホンピロエバート
(日) 1974
チャイナロック
ライトエバート

父は英国の短距離GI馬、母の兄は二冠馬キタノカチドキ。 欧州の鋭いスピードと日本の底力を受け継いだ彼は、ホモ鹿毛の遺伝子を持つ「純粋なるサラブレッド」として、マイル以下の距離で無敵の強さを誇った。

CAREER RECORD

主要レース成績

TOTAL: 26 RUNS 16 - 3 - 2 - 5
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1985.11.17マイルチャンピオンシップ (GI)京都 / 芝1600m河内洋1st
1985.10.27天皇賞・秋 (GI)東京 / 芝2000m河内洋3rd
1985.05.12安田記念 (GI)東京 / 芝1600m河内洋1st
1985.04.21京王杯スプリングC (GII)東京 / 芝1400m河内洋1st
1985.02.24マイラーズC (GII)阪神 / 芝1600m河内洋1st
1984.11.18マイルチャンピオンシップ (GI)京都 / 芝1600m河内洋1st
1984.10.28スワンステークス (GII)京都 / 芝1400m河内洋1st
1984.09.16朝日チャレンジC (GIII)阪神 / 芝2000m南井克巳1st
1983.12.18CBC賞中京 / 芝1200m丸山勝秀1st
1982.09.113歳新馬阪神 / 芝1200m河内洋1st
CAREER HIGHLIGHTS

皇帝の証明

01
Asahi Challenge Cup
1-1
1984.09.16 / 阪神 2000m

THE RESURRECTION

第35回 朝日チャレンジカップ

骨折という絶望の春を越え、復帰戦で課せられたのは「60kg」という過酷な斤量。しかし彼は、後に宝塚記念を制するスズカコバンらを相手に影をも踏ませぬ逃げ切りを演じた。マイラーが2000mで中距離の強豪を圧倒したこの一戦は、伝説の第2章の幕開けにふさわしい衝撃だった。

WEIGHT
60.0kg
TIME
1:59.8
02
Swan Stakes
11
1984.10.28 / 京都 1400m

UNMATCHED SPEED

第27回 スワンステークス

「マイル以下なら、世界でも通用する」——そう確信させた戦い。桜花賞馬シャダイソフィアに対し、直線だけで絶望的な差を見せつける。叩き出したタイム1分21秒4は当時のレコード。7馬身という圧倒的な着差は、もはや他馬をライバルとすら認めない「皇帝」の威厳そのものだった。

1着 ニホンピロウイナー2着 シャダイソフィア(7馬身)
03
Yasuda Kinen
5-10
1985.05.12 / 東京 1600m

FIRST MONARCH

第35回 安田記念

グレード制導入と共にGIへと格上げされた安田記念。その最初の頂点に立つべき馬は、彼以外にいなかった。東京の長い直線を力強く駆け抜け、スズマッハを寄せ付けずに完勝。名実ともに「日本のマイル王」であることを証明し、短距離路線の地位を絶対的なものへと押し上げた歴史的な勝利である。

RANK
No.1
TIME
1:35.1
04
Mile Championship
1
1985.11.17 / 京都 1600m

PERFECT FINALE

第2回 マイルチャンピオンシップ

引退レース。2000mの天皇賞であのシンボリルドルフと歴史的死闘を演じた直後、彼は愛するマイルの舞台に戻ってきた。直線、悠々と馬群を突き放すその姿に、もはや追いつける馬など存在しなかった。河内騎手が手綱を抑えるほどの余裕を見せ、3馬身差の完勝。伝説は完璧な美しさで幕を閉じた。

1着 ニホンピロウイナー2着 トウショウペガサス(3馬身)
DATA ANALYTICS

不滅の
短距離適性

ニホンピロウイナーの真価は、1600m以下の距離における圧倒的な支配力にある。1600m以下では18戦14勝、勝率にして約78%という驚異的な数字を叩き出した。さらに1400m以下に限れば、落鉄した1走を除き全て勝利。短距離路線の整備が進む中で彼が見せたこの安定感は、まさに「マイルの皇帝」と呼ぶにふさわしい絶対的なものだった。

77.8%

WINNING RATE

1600m以下 勝率

※18戦14勝 2着3回

DISTANCE ANALYSIS

距離別パフォーマンス
1600M OR LESS14/18 WINS
ABSOLUTE DOMINANCE
OVER 1800M2/8 WINS
CHALLENGE ZONE
SOFT/HEAVY GROUND0/5 WINS
WEAKNESS
1600m以下の勝率
EMPEROR
1400mがベストの馬。そこで3年以上も
第一線で強くなり続けたことが偉大なんだ。
主戦騎手 河内洋
インタビューより
短距離・マイル戦であれば、
シンボリルドルフでさえ彼には勝てない。
当時の競馬評論家
評価コメントより
FAN VOICES

ファンからの声

S

引退レースのマイルCS。河内騎手が持ったまま直線で突き放したあの姿は、まさに皇帝の風格でした。マイルという距離を芸術に変えた馬です。

H

骨折明けで60kgを背負って勝った朝日CCには震えました。短距離馬の枠を超えた、底知れないスタミナと精神力を持った稀代の名馬です。

M

ヤマニンゼファーやフラワーパークなど、種牡馬としても自身のスピードを完璧に伝えました。日本のスプリント文化は彼から始まったと言えます。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

最強のマイラーが見せた、数奇な運命と不屈の物語

01

「鉄の心臓」の皮肉な一致

父スティールハート(鋼鉄の心臓)は22歳で心臓麻痺によりこの世を去った。そして、その傑出した才能を受け継いだニホンピロウイナーもまた、25歳の春に同じく心臓麻痺で逝去した。代表産駒たちの多くも同様の最期を遂げており、競馬界では「心臓まで父に似てしまったのか」と、そのあまりに皮肉な血の宿命が語り草となっている。

02

幻となった伝説の引退式

GI3勝を挙げ、マイル路線の絶対王者としてターフを去る際、彼には盛大な引退式が用意されていた。しかし、式の直前に骨折が判明し、急遽中止となる。ファンが別れを惜しむ場さえ奪われた不運。しかし、その未完の終止符こそが、彼の強さをより神格化し、永遠の記憶としてファンの心に刻み込むこととなったのである。

Happy Progress
THE ARCHRIVAL
DESTINY

HAPPY PROGRESS

ハッピープログレス

グレード制導入直後、マイル王の座を争った最大の宿敵。1984年、安田記念を制し「春の短距離三冠」を成し遂げたハッピープログレスは、追い込み専門の破壊的な末脚を武器にしていた。

しかし、その絶対的な牙城を崩したのが、故障から復帰したニホンピロウイナーだった。第1回マイルCSでの直接対決。最後方からマイル王の意地を見せたハッピープログレスを、力でねじ伏せた皇帝。このライバルの存在があったからこそ、マイルというカテゴリーは日本競馬の「主流」へと引き上げられたのだ。

1984MILE CHAMPIONSHIP
1stニホンピロウイナー
vs
3rdハッピープログレス

マイルの概念を創った王

マイルの概念を創った王

かつて日本の競馬において、1600m以下の短距離戦は「裏街道」と呼ばれていた。一流馬が目指すのは常に2400mの日本ダービーや天皇賞であり、短距離馬は一段低く見られていた時代。その偏見を、自らの圧倒的なスピードと威厳だけで塗り替えた馬がいた。ニホンピロウイナー。彼こそが、現代に続くマイル路線の礎を築いた、最初にして最高の「皇帝」である。

挫折が教えた、真の居場所

クラシックの夢、皐月賞での惨敗。不良馬場に足を取られ、三冠馬ミスターシービーの遥か後方、20着という最下位でゴールした瞬間、彼の中の何かが変わった。陣営は決断する。「この馬の真の武器は、他を寄せ付けない瞬発力にある」と。2000mの王道から1400m、1600mという未踏の地へ。その舵を切った瞬間から、ニホンピロウイナーの真の伝説が始まったのである。

シンボリルドルフとの邂逅

彼の偉大さを象徴するのは、マイル戦だけではない。1985年の天皇賞・秋。2000mという自身の限界点に近い距離で、彼は「七冠馬」シンボリルドルフと対峙した。直線、皇帝ルドルフと競り合い、わずか0.1秒差の3着に食い込んだその走りは、単なるマイラーの枠を超えた「最強」の証明だった。ルドルフに「短距離ならこの馬には勝てない」と言わしめるほどのプレッシャー。それは日本競馬の歴史において、距離適性の概念が完全に確立された瞬間でもあった。

受け継がれる「皇帝」の血

引退後も、彼は種牡馬としてその卓越したスピードを次世代に繋いだ。天皇賞秋を勝ったヤマニンゼファー、スプリントGIを連覇したフラワーパーク。彼の血は、日本が世界に誇る「高速馬場」に最も適した才能として開花し続けた。現在、私たちが当たり前のように楽しんでいる秋のGI戦線や、短距離路線の盛り上がりは、すべて彼が切り拓いた道の上に成り立っている。

「短距離馬の消耗は激しい。だが彼は年々強くなった。それが真の名馬の証だ」
――河内洋

通算26戦16勝。数字以上に、彼が残した功績は計り知れない。マイルという距離を、誰もが憧れる華やかな舞台へと変えた一頭の馬。ニホンピロウイナーという名の光は、今もなおターフを駆け抜ける後輩たちの影に、そしてファンの記憶の深淵に、皇帝の威厳を湛えながら輝き続けている。