競馬に「絶対」はない。しかし、パンサラッサが先頭で1コーナーを回った瞬間、ファンは確信する。「今日は何か、とんでもないことが起きる」と。彼はただの競走馬ではなかった。計算ずくの戦術を超えた、もっと根源的な情熱をターフに刻みつけた、稀代の表現者だったのだ。
「未完」から「独創」へ
デビュー当初の彼は、まだ自分の色を持っていなかった。クラシック戦線では影を潜め、ダートに挑戦しては敗れる。迷いの中で掴み取ったのが、吉田豊騎手と共に歩んだ「大逃げ」という生き様だった。後続にどれほど差をつけられても構わない、自分のリズムで、誰よりも速く駆け抜ける。その潔さが、いつしかファンを、そして世界を虜にしていった。
伝説の天皇賞・秋、その向こう側
2022年10月30日。パンサラッサは、1998年のサイレンススズカがそうであったように、大ケヤキの向こう側で独走した。15馬身、20馬身。直線に向いてもなお、カメラに映るのは彼一頭だけだった。ゴール寸前、天才イクイノックスに差されはしたが、あの瞬間、東京競馬場の熱狂は彼のためにあった。敗北がこれほどまでに美しく、語り継がれる記憶となることを、彼は教えてくれた。
砂の海で掴んだ世界の頂点
しかし、彼は「記憶だけの馬」で終わることを良しとしなかった。2023年、舞台は灼熱のサウジアラビア。世界最高賞金1000万ドルのサウジカップで、彼は再び逃げた。芝の王者が砂の猛者たちを完封する。誰にも真似できない二刀流でのG1制覇は、彼のポテンシャルが「本物」であったことの証明だった。
「パンサラッサには本当に勉強させられました。欲を言えばきりがない、いい引き際だと思います」
――矢作芳人
通算27戦7勝。芝でも砂でも、日本でもドバイでもサウジでも、彼は常に先頭を走り続けた。2024年1月、中山競馬場で4000人のファンに見守られた引退式。退場間際、彼はまるで「まだ走れるぞ」と言わんばかりに力強く立ち上がった。その勇姿は、次代の産駒たちへと受け継がれる。世界の逃亡者が残した伝説は、決して色褪せることはない。





