Hishi Amazon

The QueenHishi Amazon

「彼女の影すら、
誰も踏ませはしなかった。」

PROFILE

生誕1991.03.26
調教師中野隆良 (美浦)
主戦騎手中舘英二
通算成績20戦10勝 [10-6-0-4]
主な勝鞍エリザベス女王杯 (G1)
阪神3歳牝馬S (G1)
京都大賞典 (G2)、オールカマー (G2)
ローズS (G2)、NZT4歳S (G2)

PEDIGREE

FATHER
Theatrical
(米国) 1982
Nureyev
Tree of Knowledge
×
MOTHER
Katies
(愛国) 1981
Nonoalco
Mortefontaine

父は米国の芝王者、母はアイルランドの1000ギニー馬。欧州の一流血統が米国で結実し、強靭なスタミナと爆発的な末脚を兼ね備えた。後にアドマイヤムーンやエフフォーリアを輩出する名牝系の偉大なる祖となった。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 20 RUNS10 - 6 - 0 - 4
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1996.12.22有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m河内洋5th
1996.11.10エリザベス女王杯 (G1)京都 / 芝2200m中舘英二7th
1996.06.09安田記念 (G1)東京 / 芝1600m中舘英二10th
1995.12.24有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m中舘英二5th
1995.11.26ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m中舘英二2nd
1995.10.08京都大賞典 (G2)京都 / 芝2400m中舘英二1st
1995.09.18オールカマー (G2)中山 / 芝2200m中舘英二1st
1995.07.09高松宮杯 (G2)中京 / 芝2000m中舘英二5th
1994.12.25有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m中舘英二2nd
1994.11.13エリザベス女王杯 (G1)京都 / 芝2400m中舘英二1st
1994.10.23ローズステークス (G2)阪神 / 芝2000m中舘英二1st
1994.10.02クイーンステークス (G3)中山 / 芝2000m中舘英二1st
1994.06.05NZT4歳S (G2)東京 / 芝1600m中舘英二1st
1994.04.16クリスタルカップ (G3)中山 / 芝1200m中舘英二1st
1994.01.30クイーンカップ (G3)東京 / 芝1600m中舘英二1st
1994.01.09京成杯 (G3)中山 / 芝1600m中舘英二2nd
1993.12.05阪神3歳牝馬S (G1)阪神 / 芝1600m中舘英二1st
1993.11.13京成杯3歳S (G2)東京 / 芝1400m中舘英二2nd
1993.10.24プラタナス賞 (500万下)東京 / ダ1400m江田照男2nd
1993.09.193歳新馬中山 / ダ1200m中舘英二1st
CAREER HIGHLIGHTS

女傑の証明

01
Hanshin 3yo Filly Stakes
3-6
1993.12.05 / 阪神 1600m

THE AWAKENING

第45回 阪神3歳牝馬S

4コーナー、中舘英二の合図とともに「怪物」が目を覚ました。直線入り口で先行集団を射程に捉えると、次元の違う加速で後続を置き去りにする。突き放すこと5馬身。従来の記録を塗り替える驚異のレコードタイムでの圧勝は、新たな時代の女王誕生を世界に知らしめた。

TIME
1:35.9
MARGIN
5 LENGTHS
02
Crystal Cup
11
1994.04.16 / 中山 1200m

MIRACLE DASH

第8回 クリスタルカップ

残り100m、先頭とは絶望的な4馬身差。しかし、そこからヒシアマゾンが見せた末脚は物理法則を疑わせるものだった。一完歩ごとに差を縮め、ゴール板では1馬身の差をつけて逆転。競馬評論家をして「20世紀のベストレース」と言わしめた、伝説の電撃追い込み劇。

1着 ヒシアマゾン2着 タイキパンドラ
03
Elizabeth Queen Cup
3-6
1994.11.13 / 京都 2400m

THE DUEL

第19回 エリザベス女王杯

「真の女王はどちらか」。オークス馬チョウカイキャロルとの壮絶な叩き合い。坂をくだり、直線で二頭が並んだ瞬間、場内は地鳴りのような歓声に包まれた。死闘の末、写真判定が示した差はわずか「3cm」。重賞6連勝。彼女が名実ともに世代の頂点に立った、運命のハナ差だった。

TIME
2:24.3
HISTORY
6 WINS
04
Arima Kinen
8
1994.12.25 / 中山 2500m

THE CHALLENGE

第39回 有馬記念

三冠馬ナリタブライアンという、史上最強の壁。ゲート内で暴れ、最後方からのスタートとなっても彼女は怯まなかった。4コーナー、外から猛然とマクり上げ、絶対王者に真っ向勝負を挑む。結果は2着。しかし、最強馬を最後まで追い詰めたその姿に、人々は敬意を込めて「女傑」の名を贈った。

1着 ナリタブライアン2着 ヒシアマゾン
DATA ANALYTICS

不滅の
重賞6連勝

1994年、ヒシアマゾンは「裏街道」と呼ばれた外国産馬専用の路線から、重賞6連勝という空前絶後の記録を打ち立てた。短距離の1200mから長距離の2400mまで、コースも距離も選ばず、ただ勝利のみを重ね続けた。この6連勝という数字は、彼女の類稀なる万能性と、圧倒的な基礎能力の高さの証明に他ならない。

NO.1

CONSECUTIVE WINS

重賞6連勝

※1994 クイーンC〜エリザベス女王杯

VICTORY STREAK

圧倒的連勝記録
TYPICAL G1 HORSE3-4 WINS
COMMON LIMIT
HISHI AMAZON (1994)6 WINS
AMAZON LEGEND
DISTANCE RANGE1200-2400m
VERSATILITY
勝利の絶対性
AMAZON
他の馬とは力が一枚も二枚も違った。
大外を通って、最後に勝てばいいと思っていた。
主戦騎手 中舘英二
回顧録より
彼女は負けてはいけない存在だった。
あの末脚は、まさに天賦の才。
調教師 中野隆良
インタビューにて
FAN VOICES

ファンからの声

N

クリスタルカップの追い込みは今でも語り草です。あんなところから届くなんて誰も思っていなかった。中山の直線が短いはずなのに、彼女だけ別次元を走っているようでした。

A

有馬記念でナリタブライアンに挑みかかったあの姿。結果は2着でしたが、牝馬があそこまで最強馬を追い詰めた。日本競馬のレベルを一段階引き上げた歴史的瞬間でした。

H

アメリカでの訃報を聞いたときは涙が止まりませんでした。厩舎で「ネス」と呼ばれ愛された彼女。美しく、強く、そして気高かった。私の人生で一番のアイドルホースです。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

最強と謳われた彼女が時折見せた、愛らしくも鮮烈な一面

01

愛称「ネス」と絆の物語

厩舎での彼女は「ネス」という愛称で、スタッフから我が子のように可愛がられていた。晩年を過ごした米国でも、親友であったアイダスイメージという牝馬と常に寄り添い、彼女が亡くなると後を追うように力を落としていったという。戦う女傑としての顔の裏に、深い愛情を求める繊細な心を持っていた。

02

闘争心のスイッチ

有馬記念、中舘騎手が「そろそろ行こうか」と手綱をわずかに緩めた瞬間、彼女の闘争心に火がついた。自らハミを食い、一気にマクり上げていくその姿は、騎手ですら御すのが困難なほどの激しさだった。タイマン勝負を好むかのような気性は、まさに「アマゾン」の名にふさわしいものだった。

Chokai Carol
THE ARCHRIVAL
DESTINY

CHOKAI CAROL

チョウカイキャロル

表舞台を歩んできたオークス馬と、裏街道を勝ち上がってきた女傑。二頭の運命が交差したのは、1994年のエリザベス女王杯だった。

直線の長い叩き合い。一歩も引かない互いのプライド。その決着をつけたのは、わずか3cmという、肉眼では判別不能な差だった。彼女という強敵がいたからこそ、ヒシアマゾンは歴史に刻まれる「女傑」へと完成されたのである。

引退後、互いに母となった二頭。ターフに刻んだ激闘の記憶は、永遠に色褪せることはない。

1994エリザベス女王杯
1stヒシアマゾン
vs
2ndチョウカイキャロル

時代を拓いた女傑

時代を拓いた女傑

彼女の名はヒシアマゾン。1990年代、まだ「外国産馬(マルガイ)」という言葉に重い制約があった時代。彼女は桜花賞も、オークスも、その輝かしいターフの入り口に立つことさえ許されなかった。王道を歩めぬ不条理。しかし、彼女はその逆境を、他を圧倒する「力」でねじ伏せてみせた。

不屈の精神と、影の女王

クラシックの華やかさとは無縁の場所で、彼女は一人、勝利の山を築き続けた。クリスタルカップでの奇跡的な逆転劇、NZT4歳Sでの完勝。人々はいつしか、表舞台の女王よりも、この「影の女王」の豪脚に魅了されていった。そして迎えたエリザベス女王杯。オークス馬チョウカイキャロルとのハナ差の激闘を制したとき、彼女はついに、この国で最も強い牝馬であることを誰の手も届かない場所で証明したのだ。

ブライアンへの挑戦、そして伝説へ

特筆すべきは、1994年の有馬記念だ。三冠馬ナリタブライアン。誰もが平伏す絶対的な王者に、彼女は真っ向から牙を剥いた。出遅れをものともせず、外からマクり上げる姿には、性別の垣根を超えた一頭のサラブレッドとしての誇りがあった。敗れはしたものの、その着差はわずか半馬身。その瞬間、ヒシアマゾンはただの強い牝馬から、競馬史に燦然と輝く「女傑」へと昇華したのである。

受け継がれるアマゾンの魂

「彼女は走ることを知っていた」と関係者は語る。後方から全てを飲み込む末脚、タイマン勝負を厭わない気性の激しさ。その血は、後にアドマイヤムーンやエフフォーリアといった名馬たちへと形を変えて受け継がれていく。2019年、アメリカの地で静かに息を引き取ったとき、日本のファンが抱いたのは、喪失感ではなく深い感謝だった。不自由な時代を自由に、そして力強く駆け抜けた彼女の影。私たちは今も、その残像を追い続けている。

「彼女の影すら、誰も踏ませはしなかった。」
―― 90年代のターフに刻まれた、一人のファンの独白

ヒシアマゾン。その名は、強く気高い女性の代名詞として、これからも日本の競馬史において、最も美しい言葉の一つとして語り継がれていくだろう。