競馬に「もし」は禁物だ。しかし、2023年11月19日のあの日、多くのファンが運命という言葉を信じずにはいられなかった。本来乗るはずだった名手が負傷し、急遽舞い込んだ「代打」。そこで出会ったのは、誰よりも真面目に、誰よりも情熱的に競馬と向き合ってきた男、藤岡康太だった。彼はナミュールを信じ、ナミュールは彼の期待に応え、誰も届かないはずの空を翔けた。
三冠世代の、孤独な戦い
デビューから「天才少女」の呼び声をほしいままにしながら、G1のタイトルだけが遠かった。桜花賞10着、オークス3着、秋華賞2着。常に有力候補でありながら、あと一歩が届かない。それでも彼女は走ることをやめなかった。小柄な馬体に、父ハービンジャー譲りの底力と、母系から受け継いだ日本のスピードを宿し、幾度もの挫折を血肉に変えていった。彼女を支えていたのは、陣営の「この馬は世界一の瞬発力を持っている」という揺るぎない確信だった。
淀に舞った奇跡
8度目の正直。マイルチャンピオンシップ。乗り替わりという逆境を、藤岡康太は「チャンス」へと変えた。最後方でじっと息を潜め、彼女の爆発力を極限まで溜め込む。直線、大外。ナミュールが解き放たれた瞬間、京都の芝は彼女だけの滑走路となった。15頭をまとめて置き去りにしたあの豪脚は、単なる勝利以上の何かを、見る者の心に刻みつけた。それが藤岡康太という騎手の最後のG1タイトルになるとは、その時は誰も知る由もなかった。
女王が遺した誇り
2024年。彼女は世界へと羽ばたき、ドバイで、香港で、そして日本の安田記念で、女王としての誇りを示し続けた。武豊騎手が「マイル界の至宝」と称え、ロマンチックウォリアーと死闘を演じたあの姿は、不遇の時代を乗り越えた者だけが放つ、孤高の輝きに満ちていた。引退レースとなったマイルCSでの大敗さえも、全力で走り抜いた彼女の「限界」の証だったのかもしれない。
「康太の魂と一緒に走ったあの直線は、私の人生で最高の宝物です」
―― 競馬ファンの記憶より
通算18戦。数字では語り尽くせないドラマがそこにはあった。ナミュール。その名は、逆境にあっても決して翼を折らなかった不屈の精神の象徴として、これからも語り継がれていくだろう。いつか、彼女の産駒がターフに現れたとき、私たちは再び思い出すに違いない。淀の夕闇を切り裂き、天まで届いたあの光のような末脚を。





