「2億4000万円」。セレクトセールでその値がついた瞬間から、彼の運命は決まっていた。高額落札馬が必ずしも成功しない競馬界において、その数字は期待であると同時に、重すぎる十字架でもあった。しかし、ワールドプレミアはその重圧を、京都のターフを駆け抜ける光へと昇華させてみせた。
挫折を糧にした「菊の戴冠」
春のクラシックシーズン、期待されながらも「ソエ」という若駒特有の痛みに苦しんだ。ライバルたちが華やかなダービーを駆ける中、彼は静かに厩舎で脚を休めていた。しかし、その我慢の時間が彼を「大人の馬」へと成長させた。友道調教師の忍耐強い判断が実を結び、秋の淀で彼は誰よりも速く、誰よりも力強く突き進んだ。武豊騎手の手綱に導かれ、最内から抜け出したあの光景は、一人の馬主が29年間抱き続けた夢が現実となった瞬間でもあった。
絶望からの復活、春の盾
菊花賞後の順風満帆な歩みは、度重なる脚元の不安によって遮られた。11ヶ月もの空白期間、そして三冠馬たちが激突するジャパンカップでの敗北。周囲からは「終わった馬」という声も聞こえ始めた。しかし、彼は死んでいなかった。2021年、舞台は阪神へと移った天皇賞(春)。福永祐一騎手を背に、彼はかつての輝きを取り戻した。名手・福永洋一の息子が、ワールドプレミアというパートナーと共に手にした伝統の盾。それは、名馬が繋ぐ世代の絆と、不屈の精神が生んだ奇跡のドラマだった。
名馬が残した「記憶」の価値
ワールドプレミアの戦績を振り返れば、それは単なる勝利の記録ではない。高額馬としての宿命、怪我との戦い、そして二人の天才騎手との絆が織りなす、重厚な物語である。引退した今、彼は新冠の地で次世代へとその血を繋いでいる。かつて2.4億円の十字架を背負った少年は、二つのG1タイトルという勲章を手に、日本競馬史にその名を刻んだ。私たちが思い出すのは、電光掲示板の数字ではなく、極限のスタミナ勝負で見せたあの誇り高い走りである。
「彼は常に自分自身と戦い、最後には最高の結果を出してくれた。」
―― 競馬関係者の想いを乗せて
一頭の馬が背負った夢は、いまや数え切れないファンの記憶となり、永遠に語り継がれていく。ワールドプレミア。その名の通り、世界で一番贅沢な物語を、彼は私たちに見せてくれたのだ。




