「究極の普通」。その名を背負った芦毛の少女は、誰よりも「普通」ではない結末を次々と描き出した。 2000万円台という控えめな落札価格から始まった物語は、終わってみれば国内外のG1を制し、史上空前の時計を刻む伝説の旅路となった。 彼女が駆けたのは、ただの芝ではない。見る者の常識という壁を破壊する、加速の荒野だった。
1分30秒5、静寂を切り裂く叫び
2019年、初夏の東京。ヴィクトリアマイルの直線、ノームコアが繰り出した末脚は、もはや生物の限界を超えていた。 ゴール板を駆け抜けた瞬間、タイマーが示した「1:30.5」。その数字は、競馬場を沈黙させ、次の瞬間に割れんばかりの歓声を呼び起こした。 マイルという過酷な舞台で、1秒近くもレコードを塗り替える。その残酷なまでの速さは、彼女が血統に秘めた「スピードの天才」としての覚醒だった。
異国の空、最強の有終の美
彼女のキャリアは、常に挑戦の連続だった。時に敗れ、時に不調に苦しんでも、彼女の精神が折れることはなかった。 集大成となった香港カップ。主戦の横山典弘騎手からバトンを受けたZ.パートンを背に、彼女は最後にして最大の煌めきを放つ。 沙田の直線、他馬を寄せ付けない力強い脚取り。それは、日本で磨き上げた快速が、世界でも通用することの最終証明だった。 ゴール後、異国の地で鳴り響いた「Normcore」の名。それは、彼女が「究極の特別」になった瞬間だった。
受け継がれる「普通」ならざる血
妹クロノジェネシスと共に歩んだ時代、日本競馬は彼女たち姉妹を中心に回っていたと言っても過言ではない。 2020年12月、姉が香港の夜を、妹が中山の暮れを制したあの2週間。 競馬の神様が仕組んだような奇跡的なタイミングは、ノームコアという名牝が残した最大のギフトだったのかもしれない。
「彼女は本当のプロフェッショナルだった。どんな環境でも自分の走りを貫く強さがあった」
――厩務スタッフの回想より
今、彼女は母となり、その血を次世代へと繋いでいる。 彼女の子供たちが落札される価格は、もはや「普通」ではない。それは、ノームコアが一生をかけて証明した「価値」の結晶だ。 「究極の普通」は、これからも伝説として語り継がれる。 かつて東京の空の下、誰よりも速く、風よりも鋭く、光となって駆け抜けた芦毛の女王がいたことを。




