日本競馬界に「サンデーサイレンス」という革命が起きてから数年。その血は芝のレースをことごとく支配していった。しかし、ダートの世界だけはまだ、異国の血統や在来の力自慢たちが守り続けていた「聖域」だった。そこへ、場違いなほどの気品と、不釣り合いなほどの硬い筋肉を携えて現れたのがゴールドアリュールである。
異端児から開拓者へ
彼はサンデーサイレンス産駒としては異端だった。父譲りのスピードを持ちながら、母系から受け継いだ力強い踏み込みは、芝の瞬発力勝負よりも、深く重い砂を蹴り上げることに適していた。池江泰郎調教師は、その「硬さ」の中に、ダートで天下を獲るための武器を見出した。皐月賞やダービーといった華やかな舞台を経験しながらも、彼が真の居場所を見つけたのは、泥にまみれたダートコースだった。
無念が育んだ伝説
絶頂期に訪れた、歴史の荒波。ドバイワールドカップという世界の頂を目前にしながら、戦争という抗いようのない理由で夢を絶たれた。しかし、その無念が彼をさらなる高みへと押し上げた。帰国後のアンタレスステークスで見せた、他を寄せ付けない圧倒的な走りは、今なお「日本のダート史上最強の瞬間」としてファンの語り草となっている。もし世界へ羽ばたいていたら――その想像すら不要なほど、国内で見せた輝きは強烈だった。
受け継がれる黄金の血
わずか2年にも満たない短い全盛期。喉の疾患によりターフを去ることになったが、その魂は次代へと強烈に受け継がれた。エスポワールシチー、スマートファルコン、コパノリッキー……。彼が送り出した産駒たちは、父が果たせなかった世界制覇の夢や、数々の記録を塗り替えていった。
「彼はサンデーの血に、砂の王者の誇りを刻み込んだ。それは、日本競馬が砂の上でも世界と戦えることを示した最初の道標だった。」
ゴールドアリュール。その名は単なる「黄金の魅力」ではない。それは、泥にまみれた砂の上を、誰よりも美しく、誰よりも力強く駆け抜け、後世に続く「黄金の道」を切り拓いた先駆者の名である。彼が去った今も、ターフの砂が舞うたびに、私たちはあの黄金の輝きを思い出す。





