21世紀の扉が開いた2001年。日本競馬界は、一頭の若き鹿毛馬の咆哮に震えた。ジャングルポケット。トニービンが遺した最高傑作は、重馬場の府中、そして世界の強豪が集うジャパンカップで、その不屈の魂を爆発させた。
幻影を追いかけた春
彼のクラシックロードは、常に「最強のライバル」の背中を追うことから始まった。ラジオたんぱ杯でのアグネスタキオン、クロフネとの激突。そして皐月賞での敗北。アグネスタキオンという異次元の才能を前に、ジャングルポケットは「最強」の座に手が届かずにいた。しかし、運命は残酷にもタキオンを戦線離脱させる。ライバル不在のダービー。勝って当然という重圧の中で、彼は真の試練に立たされていた。
重馬場を切り裂く叫び
2001年5月27日。降りしきる雨、ぬかるんだ馬場。最悪のコンディションの中、彼は大外18番枠から発走した。直線、坂を駆け上がると同時に、彼の内なる闘争心が火を吹く。泥を跳ね上げ、他馬を寄せ付けない末脚。ゴール板を駆け抜けた瞬間、彼は首を激しく振り、天に向かって叫んだ。それは、幻影のライバルへの、そして新時代の王座への、高らかな勝利宣言だった。
王者を越えた日
ダービー馬としての誇りを胸に臨んだ秋。彼は最大の壁に挑む。G1最多勝王者、世紀末覇王テイエムオペラオー。ジャパンカップの直線、先に抜け出した王者の背中は遠かった。しかし、ペリエ騎手の激励に応え、彼は一完歩ごとにその差を縮める。残りわずか数センチの逆転。3歳馬が「絶対王者」の時代を終わらせたあの瞬間、ジャングルポケットは日本競馬の歴史を塗り替えた。その荒々しくも美しい走りは、今もなお、府中の空の下に響き続けている。
「馬が我慢してくれた。あの闘志があったからこそ、王者を越えられた」
――O.ペリエ
通算13戦5勝。数字以上に、彼が見せた「感情を剥き出しにする走り」は、多くのファンの心を打った。不器用なほどに真っ直ぐ、そして激しく。ジャングルポケットが残した蹄跡は、これからも東京競馬場の長い直線に刻まれ続け、語り継がれていくだろう。





