Jungle Pocket

The RoaringJungle Pocket

府中の直線に響いた、
魂の咆哮を忘れない。

PROFILE

生誕1998.05.07
調教師渡辺栄 (栗東)
主戦騎手角田晃一 / O.ペリエ
通算成績13戦5勝 [5-3-2-3]
主な勝鞍東京優駿 (G1)
ジャパンカップ (G1)
共同通信杯 (G3)
札幌3歳ステークス (G3)

PEDIGREE

FATHER
トニービン
(愛) 1983
カンパラ
セヴェリン
×
MOTHER
ダンスチャーマー
(米) 1990
ヌレイエフ
スキルフルジョイ

父は凱旋門賞馬にして東京の長い直線を愛した名種牡馬。母父ヌレイエフから受け継いだ強靭なパワーが融合し、重馬場のダービーや強豪ひしめくジャパンカップをねじ伏せる圧倒的な持続力を生み出した。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 13 RUNS5 - 3 - 2 - 3
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
2002.12.22有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m藤田伸二7th
2002.11.24ジャパンカップ (G1)中山 / 芝2200m武豊5th
2002.04.28天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊2nd
2002.03.17阪神大賞典 (G2)阪神 / 芝3000m小牧太2nd
2001.11.25ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400mO.ペリエ1st
2001.10.21菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m角田晃一4th
2001.08.19札幌記念 (G2)札幌 / 芝2000m角田晃一3rd
2001.05.27東京優駿 (G1)東京 / 芝2400m角田晃一1st
2001.04.15皐月賞 (G1)中山 / 芝2000m角田晃一3rd
2001.02.04共同通信杯 (G3)東京 / 芝1800m角田晃一1st
2000.12.23ラジオたんぱ杯3歳S (G3)阪神 / 芝2000m角田晃一2nd
2000.09.23札幌3歳S (G3)札幌 / 芝1800m千田輝彦1st
2000.09.022歳新馬札幌 / 芝1800m千田輝彦1st
CAREER HIGHLIGHTS

誇り高き咆哮

01
Tokyo Yushun
8-18
2001.05.27 / 東京 2400m

THE DERBY ROAR

第68回 東京優駿(日本ダービー)

重馬場、大外18番枠。過酷な条件を嘲笑うかのように、府中の直線を力強く突き抜けた。ゴール後、角田騎手のウイニングランに応えるように首を激しく上下させ、咆哮するようなその姿は、21世紀最初のダービー馬の誇りに満ちていた。

TIME
2:27.0
FAVORITE
No.1
02
Japan Cup
6
2001.11.25 / 東京 2400m

DEFEAT THE KING

第21回 ジャパンカップ

G1最多勝王者テイエムオペラオーとの死闘。絶望的と思われた3馬身の差を、オリビエ・ペリエの剛腕に導かれ、残り一完歩で差し切った。3歳馬として史上初めて王者を打ち破ったその走りは、新時代の到来を世界に知らしめた。

1着 ジャングルポケット2着 テイエムオペラオー
03
Radio Tanpa Hai
4-4
2000.12.23 / 阪神 2000m

G1 QUALITY

ラジオたんぱ杯3歳S

アグネスタキオン、クロフネ、そしてジャングルポケット。後にG1を制する「最強の3頭」が激突した伝説のG3。タキオンの衝撃に屈し2着に敗れるも、この敗北こそが彼をダービー馬へと押し上げる執念の種となった。

3F TIME
34.5
RESULT
2nd
04
Kyodo News Hai
8
2001.02.04 / 東京 1800m

TOKYO SPECIALIST

共同通信杯

角田騎手とのコンビ2戦目、初めての府中。トニービンの血が騒ぐかのように、直線で後続を突き放した。2馬身差の完勝は、彼が「東京の申し子」であることを証明し、クラシック制覇への明確な道筋を照らした。

1着 ジャングルポケット2着 プレジオ
DATA ANALYTICS

不敗の地、
東京競馬場

父トニービンの血を最も色濃く受け継いだ彼は、東京競馬場の長い直線を無類の強さで駆け抜けた。共同通信杯、日本ダービー、そしてジャパンカップ。東京での重賞は3戦3勝。特にジャパンカップでは、絶対王者テイエムオペラオーを上がり最速の末脚でねじ伏せ、府中こそが自身の独壇場であることを世界に証明した。

100%

TOKYO WIN RATE

府中重賞 勝率

※2001年時(共同・ダービー・JC)

VENUE ADAPTABILITY

コース別適性の差異
TOKYO (LEFT-TURN)100%
PERFECT
NAKAYAMA (RIGHT-TURN)0%
STRUGGLED
OTHERS (SAPPORO/HANSHIN)40%
STABLE
左回り・ロング直線への特化
J.POCKET
残り200mで届かないかと思った。
けれど、彼は最後まで我慢し、伸びてくれた。
騎手 O.ペリエ
ジャパンカップ勝利後にて
1頭で帰ってきたから、
あんなに咆哮したんだろうね。
騎手 角田晃一
ダービーのウイニングランを振り返って
FAN VOICES

ファンからの声

D

あの雨の中のダービー。ジャンポケが首をグイグイ振って、叫ぶようにウイニングランをしていた姿は一生忘れません。馬と人が対話しているようでした。

T

オペラオーを差し切った瞬間の衝撃!「府中の直線ならトニービンの子が最強」という定説をこれ以上ない形で証明してくれた最高の馬です。

J

お笑いトリオの由来になるほどの知名度と、愛嬌のある性格。引退後も産駒たちにトニービンの血を繋いでくれてありがとう。ゆっくり休んでください。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

荒ぶる魂の奥に隠された、愛すべき素顔

01

魂の咆哮、その真相

日本ダービーのウイニングランで見せた、何度も首を振り上げる激しい仕草。ファンはそれを「魂の咆哮」と呼び熱狂したが、後に主戦の角田騎手は「1頭で戻ってきたから寂しかったのかも」と冗談交じりに語っている。人懐っこく、寂しがり屋な一面が、図らずも競馬史に残る名シーンを生み出したのだった。

02

時代を超えた「名前」の継承

彼が最強馬として君臨した時代、若手だったお笑いトリオが「東京で勝つ」という決意を込め、その名をコンビ名に採用した。当初は響きの良さから選ばれた「ジャンポケ」だったが、彼らが国民的人気を得たことで、競馬ファン以外にもその名は浸透。引退後もなお、その名は笑いと共に日本中に響き続けている。

Agnes Tachyon
THE PHANTOM
DESTINY

AGNES TACHYON

アグネスタキオン

ジャングルポケットの前に立ちはだかった、あまりにも巨大な壁。2000年ラジオたんぱ杯、そして2001年皐月賞。タキオンの理不尽なまでの加速力の前に、彼は二度、後塵を拝した。

「幻の三冠馬」がターフを去った後、ジャングルポケットはその意志を継ぐかのようにダービーを制覇。直接対決で敗れた痛みがあったからこそ、彼は東京の直線で誰よりも強く輝くことができたのだ。

交わることがなかったダービーでの再戦。しかし、タキオンという光があったからこそ、ジャングルポケットという影はより深く、力強く刻まれた。

2000ラジオたんぱ杯3歳S
2ndジャングルポケット
vs
1stアグネスタキオン

魂の雄叫び

魂の雄叫び

21世紀の扉が開いた2001年。日本競馬界は、一頭の若き鹿毛馬の咆哮に震えた。ジャングルポケット。トニービンが遺した最高傑作は、重馬場の府中、そして世界の強豪が集うジャパンカップで、その不屈の魂を爆発させた。

幻影を追いかけた春

彼のクラシックロードは、常に「最強のライバル」の背中を追うことから始まった。ラジオたんぱ杯でのアグネスタキオン、クロフネとの激突。そして皐月賞での敗北。アグネスタキオンという異次元の才能を前に、ジャングルポケットは「最強」の座に手が届かずにいた。しかし、運命は残酷にもタキオンを戦線離脱させる。ライバル不在のダービー。勝って当然という重圧の中で、彼は真の試練に立たされていた。

重馬場を切り裂く叫び

2001年5月27日。降りしきる雨、ぬかるんだ馬場。最悪のコンディションの中、彼は大外18番枠から発走した。直線、坂を駆け上がると同時に、彼の内なる闘争心が火を吹く。泥を跳ね上げ、他馬を寄せ付けない末脚。ゴール板を駆け抜けた瞬間、彼は首を激しく振り、天に向かって叫んだ。それは、幻影のライバルへの、そして新時代の王座への、高らかな勝利宣言だった。

王者を越えた日

ダービー馬としての誇りを胸に臨んだ秋。彼は最大の壁に挑む。G1最多勝王者、世紀末覇王テイエムオペラオー。ジャパンカップの直線、先に抜け出した王者の背中は遠かった。しかし、ペリエ騎手の激励に応え、彼は一完歩ごとにその差を縮める。残りわずか数センチの逆転。3歳馬が「絶対王者」の時代を終わらせたあの瞬間、ジャングルポケットは日本競馬の歴史を塗り替えた。その荒々しくも美しい走りは、今もなお、府中の空の下に響き続けている。

「馬が我慢してくれた。あの闘志があったからこそ、王者を越えられた」
――O.ペリエ

通算13戦5勝。数字以上に、彼が見せた「感情を剥き出しにする走り」は、多くのファンの心を打った。不器用なほどに真っ直ぐ、そして激しく。ジャングルポケットが残した蹄跡は、これからも東京競馬場の長い直線に刻まれ続け、語り継がれていくだろう。