Deep Impact

The Legend Deep Impact

「走っているのではない、
彼は空を飛んでいるのだ。」

PROFILE

生誕2002.03.25
調教師池江泰郎 (栗東)
主戦騎手武豊
通算成績14戦12勝 [12-1-0-1]
主な勝鞍 クラシック無敗三冠
ジャパンカップ (G1)、有馬記念 (G1)
天皇賞・春 (G1) ※世界1位評価
宝塚記念 (G1)

PEDIGREE

FATHER
サンデーサイレンス
(USA) 1986
Halo
Wishing Well
×
MOTHER
ウインドインハーヘア
(IRE) 1991
Alzao
Burghclere

日本競馬の歴史を変えた大種牡馬サンデーサイレンスと、欧州の名血ウインドインハーヘアが融合。父譲りの爆発的な瞬発力と、母系から受け継いだ底知れぬスタミナが、物理法則を超越した「飛ぶ」走りを可能にした。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 14 RUNS 12 - 1 - 0 - 1
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
2006.12.24有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m武豊1st
2006.11.26ジャパンカップ (G1)東京 / 芝2400m武豊1st
2006.10.01凱旋門賞 (G1)ロンシャン / 芝2400m武豊失格
2006.06.25宝塚記念 (G1)京都 / 芝2200m武豊1st
2006.04.30天皇賞・春 (G1)京都 / 芝3200m武豊1st
2006.03.19阪神大賞典 (G2)阪神 / 芝3000m武豊1st
2005.12.25有馬記念 (G1)中山 / 芝2500m武豊2nd
2005.10.23菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m武豊1st
2005.09.25神戸新聞杯 (G2)阪神 / 芝2000m武豊1st
2005.05.29日本ダービー (G1)東京 / 芝2400m武豊1st
2005.04.17皐月賞 (G1)中山 / 芝2000m武豊1st
2005.03.06弥生賞 (G2)中山 / 芝2000m武豊1st
2005.01.22若駒ステークス (OP)京都 / 芝2000m武豊1st
2004.12.192歳新馬阪神 / 芝2000m武豊1st
CAREER HIGHLIGHTS

英雄の証明

01
Satsuki Sho
7-14
2005.04.17 / 中山 2000m

THE FLIGHT

第65回 皐月賞

ゲートが開いた瞬間、バランスを崩し落馬寸前の致命的な出遅れ。しかし、そこからが伝説の始まりだった。絶望を希望に変える大外一気。武豊が「飛んでいる」と確信した衝撃の末脚。8万人の悲鳴は、ゴール直後には神話への喝采へと変わっていた。

TIME
1:59.2
LAST 3F
34.0
02
Kikkasho
7
2005.10.23 / 京都 3000m

无敗のTRIPLE CROWN

第66回 菊花賞

単勝オッズ1.0倍。日本中が「歴史」を目撃するために京都へ集結した。道中、あまりの走る意欲に自らハミを取る仕草を見せながらも、最後は他を寄せ付けない独走。シンボリルドルフ以来21年ぶり、史上2頭目の無敗三冠という重圧を、彼は軽やかに飛び越えた。

1着 ディープインパクト 2着 アドマイヤジャパン
03
Tenno Sho Spring
4-7
2006.04.30 / 京都 3200m

WORLD NO.1

第133回 天皇賞(春)

長距離砲が揃う盾の舞台で、彼は常識を破壊した。3200mを走り抜きながら、上がり3ハロン33秒5という短距離馬並みの末脚を計測。3分13秒4という驚異のレコードタイム。この瞬間、ディープインパクトの名は「世界の頂点」としてレーティング1位に刻まれた。

TIME
3:13.4
RECORD
World Best
04
Arima Kinen
4
2006.12.24 / 中山 2500m

THE EPILOGUE

第51回 有馬記念

クリスマス・イブ。11万人の「ディープ!」コールが地鳴りのように響く中、ラストランのゲートが開く。第4コーナーで外から捲り上げると、直線ではただ一頭次元の違う加速を見せ、後続を突き放した。完璧な、あまりにも完璧なフィナーレ。英雄は英雄のまま、ターフを去った。

1着 ディープインパクト 2着 ポップロック
DATA ANALYTICS

空を飛ぶ
24完歩の魔法

引退レースとなった有馬記念。最後の200mを、彼はわずか24完歩で駆け抜けた。通常の馬よりも一歩一歩が長く、滞空時間が極端に長い。科学的分析により、地面を蹴る力と空中で進む距離が日本競馬史上最高レベルであったことが証明されている。まさに「飛んでいる」という形容は、比喩ではなく物理的な真実だった。

3:13.4

HISTORIC RECORD

3200m 走破時計

※2006 天皇賞(春)

SPEED EFFICIENCY

走破パフォーマンス分析
STRIDE LENGTH MAXIMIZED
AIRTIME SUPREMACY
LAST 3F SPEED 33.1s - 34.0s
UNMATCHED BURST
HEART CAPACITY ELITE LEVEL
ENDLESS STAMINA
身体能力・効率性
DEEP IMPACT
走っているというより、
飛んでいるという感じなんです。
主戦騎手 武豊
皐月賞 勝利後インタビュー
これほど自分の思い描いた通りに、
思い通りの結果を出してくれる馬はいなかった。
調教師 池江泰郎
引退に際しての言葉
FAN VOICES

英雄を愛した人々

Y

菊花賞のあの日、淀の地響きを一生忘れません。誰もがディープの勝利を信じていたし、それに応えてくれた。彼こそが「絶対」という言葉を体現する存在でした。

S

有馬記念での「翼を広げた」ような捲り。あれはサラブレッドの域を超えていた。ディープインパクトという社会現象の中にいられたことは、一人のファンとして誇りです。

K

現役時代は知らなくても、彼の血を受け継ぐ馬たちが今も奇跡を見せてくれる。ディープがくれた感動は、永遠に終わらないんだと感じています。

BEHIND THE SCENES

英雄の素顔

歴史を創った名馬の、愛らしくも意志の強い物語

01

「女の子」と間違われた上品さ

入厩当初、ディープインパクトはその小柄な体つきと、驚くほど穏やかで気品のある顔立ちから、厩舎スタッフに牝馬(女の子)と間違われてしまったという。兄のブラックタイドが猛獣のような気性だったのに対し、彼は常に上品で静か。しかし一度ターフに出れば、その瞳には誰も寄せ付けない鋭い意志が宿っていた。

02

心を鬼にしたダービー前の特訓

日本ダービー前、甘える仕草や「シリッパネ」をする癖があった彼に対し、陣営は放牧に出さず札幌での集中調整を決断。池江敏行助手はあえて鞭を入れ、厳しく躾けることで「戦う馬」としての自覚を促した。この「心を鬼にした」献身が、ダービーでの5馬身差という圧倒的なパフォーマンスを支えたのである。

Heart's Cry
THE ONLY CONQUEROR
THE DESTINY RIVAL

HEART'S CRY

ハーツクライ

2005年、有馬記念。無敗の三冠を達成し、無敵と思われていたディープインパクトの前に立ちはだかったのがハーツクライだった。ルメール騎手の導きで先行策を取ったハーツクライは、懸命に追う英雄をわずか半馬身、振り切った。

日本国内で唯一、ディープインパクトに土をつけた馬。あの敗北があったからこそ、翌年のディープは完成され、世界ランキング1位の座へと昇り詰めたのである。二頭の死闘は、日本競馬のレベルを一段階引き上げた歴史的転換点だった。

2005 有馬記念
2nd ディープインパクト
vs
1st ハーツクライ

空を飛んだ、永遠の英雄

空を飛んだ、永遠の英雄

2004年12月、阪神競馬場。一頭の小柄な馬がデビューしたとき、誰がこれほどの熱狂を予想できただろうか。その名はディープインパクト。のちに日本競馬の風景を永遠に変えてしまう「英雄」の誕生だった。武豊騎手が初めて跨った瞬間に「ついに出た」と確信したその背中は、見るもの全てに「物理を超えた何か」を感じさせた。

衝撃、そして「飛ぶ」という伝説

彼の走りは、既存のどの言葉でも形容しきれなかった。皐月賞での落馬寸前の絶望的な出遅れから、直線だけで全馬をごぼう抜きにしたあの瞬間。武豊が口にした「飛んでいる」という言葉は、瞬く間に日本中に広がり、競馬を知らない人々までもがその翼を信じた。日本ダービー、そして菊花賞。彼はただ勝つだけでなく、美しく、軽やかに、そして圧倒的な暴力的なまでの速さで三冠を掌中に収めた。それは戦いというよりも、一頭の天才による独演会のようだった。

世界への挑戦と、唯一の心残り

三冠達成後、英雄の視線は海を越えた。フランス、ロンシャン。世界最高峰の凱旋門賞。しかし、そこで待っていたのは失格という非情な現実だった。武豊はのちに語っている。「タイムマシンがあるなら、あのレースだけに戻したい」。英雄が唯一流した苦い涙。しかし、その敗北ですら彼の価値を損なうことはなかった。帰国後、ジャパンカップ、そして有馬記念を完璧な形で制し、彼は「日本最強」の名を誰にも文句のつけようのないものとして確立した。

終わりなき衝撃

2006年12月24日、中山競馬場を包んだ沈黙と、その後の爆発的な歓声。ディープインパクトは、自らが創り上げた伝説を最後に自ら完成させ、ターフを去った。しかし、物語はそこで終わらなかった。種牡馬となった彼は、かつての自分と同じように「飛ぶ」子供たちを次々と送り出し、日本競馬を世界のトップレベルへと押し上げた。2019年、彼は星となったが、今も私たちはターフの向こう側に彼の影を見る。ラスト200m、翼を広げて風を切り、全てのライバルを過去のものにする、あの美しい飛行を。

「僕にとってディープインパクトは、神様からの贈り物でした」
――武豊

彼が駆けた14戦。それは単なる記録ではない。私たち日本人が、一頭の馬に夢を託し、共に空を見上げた幸福な記憶である。ディープインパクト。その衝撃は、100年後の未来でも、語り継がれる輝きを失うことはないだろう。