Dance in the Dark - Tribute
Dance in the Dark

The FlashDance in the Dark

「届かない」を「届かせた」、
漆黒の閃光。

PROFILE

生誕1993.06.05
調教師橋口弘次郎 (栗東)
主戦騎手武豊
通算成績8戦5勝 [5-2-1-0]
主な勝鞍菊花賞 (G1)
弥生賞 (G2)
京都新聞杯 (G2)
プリンシパルS (OP)

PEDIGREE

FATHER
サンデーサイレンス
(USA) 1986
Halo
Wishing Well
×
MOTHER
ダンシングキイ
(USA) 1983
Nijinsky
Key Partner

父は日本競馬の歴史を塗り替えた大種牡馬、母系は欧州の底力を伝える名門「ダンス一族」。瞬発力とスタミナが高次元で融合し、3000mを33秒台で上がる怪物的な身体能力を実現した。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 8 RUNS5 - 2 - 1 - 0
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1996.11.03菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m武豊1st
1996.10.13京都新聞杯 (G2)京都 / 芝2200m武豊1st
1996.06.02東京優駿 (G1)東京 / 芝2400m武豊2nd
1996.05.11プリンシパルS (OP)東京 / 芝2200m武豊1st
1996.03.03弥生賞 (G2)中山 / 芝2000m武豊1st
1996.02.04きさらぎ賞 (G3)京都 / 芝1800m武豊2nd
1995.12.23ラジオたんぱ杯3歳S (G3)阪神 / 芝2000m武豊3rd
1995.12.033歳新馬阪神 / 芝1600m武豊1st
CAREER HIGHLIGHTS

世代最強の証明

01
Yayoi Sho
4-5
1996.03.03 / 中山 2000m

THE ARRIVAL

第33回 報知杯弥生賞

後方待機から4コーナーで一気にまくりをかける圧巻の競馬。強豪イシノサンデーらを子供扱いし、クラシックの主役へ名乗りを上げた。橋口調教師が「ダービーを勝つ」と確信した、天才の夜明け。

TIME
2:02.7
STATUS
WINNER
02
Principal Stakes
2
1996.05.11 / 東京 2200m

THE RETURN

プリンシパルステークス

熱発による皐月賞回避という絶望を乗り越え、ダービーへの最終切符を掴むために現れた府中の直線。ブランクを感じさせない鋭い伸び脚で快勝し、自らが世代の王道にいることを再び誇示した。

1着 ダンスインザダーク2着 トピカルコレクター
03
Japan Derby
2-3
1996.06.02 / 東京 2400m

THE SHOCK

第63回 東京優駿

直線、武豊のゴーサインに応え完全に抜け出した瞬間、誰もが勝利を信じた。しかし大外から現れたフサイチコンコルドに、わずかクビ差、栄冠を攫われる。橋口師を虚脱状態に追い込んだ、あまりにも残酷な準優勝。

MARGIN
Neck
ODDS
1.6
04
Kikuka Sho
8-17
1996.11.03 / 京都 3000m

THE LEGEND

第57回 菊花賞

道中進路を失う絶体絶命のピンチ。実況から名が消えた「空白の20秒」を経て、直線で馬群を割って出現。上がり33.8秒という衝撃のレコード勝ち。その代償に脚を捧げ、ターフを去った究極のラストラン。

1着 ダンスインザダーク2着 ロイヤルタッチ
DATA ANALYTICS

常識を破壊した
光速の末脚

1996年の菊花賞。3000mという過酷な長距離戦の終盤、彼は当時の常識では考えられない上がり3ハロン33.8秒という驚異的な瞬発力を発揮した。この末脚は、単なるスピードの証明ではなく、スタミナと爆発力が完璧に融合した「サンデーサイレンス最高傑作」の証。記録した走破時計3分05秒1は、当時の淀のターフを震撼させた圧巻のレコードタイムである。

33.8s

LAST 3F TIME

菊花賞 上がり最速

※1996 菊花賞

RECORD BREAKING

淀に刻まれた新記録
PREVIOUS RECORD3:05.4
PAST BEST
DANCE IN THE DARK3:05.1
NEW RECORD
LAST 3F IMPACT33.8s
SPEED LIMIT OVER
異次元の瞬発力
DANCE
今日は勝ってきます!!
主戦騎手 武豊
菊花賞 当日の地下馬道にて
無事なら相当の活躍をしたでしょうね。
調教師 橋口弘次郎
引退発表時の述懐
FAN VOICES

ファンからの声

S

菊花賞の「空白の20秒」。実況から名が消えた時、誰もが万事休したと思った。しかし直線で現れたあの漆黒の影。あれほど震えたレースは後にも先にもない。

H

弥生賞のまくりを見た瞬間、今年のダービー馬はこの馬だと確信した。熱発で皐月賞をパスした時は本当に残念だったが、あのスケール感は別格だった。

Y

屈腱炎で引退と聞いて涙が出た。古馬になって、海外で走る姿を、ドバイや凱旋門賞で躍動する姿を一番見たかった馬だった。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

天才が見せた、一瞬の火花と静かな横顔

01

「空白の20秒」の真実

菊花賞の4コーナー、実況の杉本清氏が「ダンス、ピンチか!」と叫んでから、再び彼の名を呼ぶまで約20秒の沈黙があった。馬群に消え、絶望視されたその時間、彼は最内から針の穴を通すような進路を見出していた。絶望を歓喜へと変えたあの20秒間は、今も競馬史における伝説のミステリーとして語り継がれている。

02

命を燃やしたラストラン

菊花賞で見せた衝撃の末脚。しかし、その代償はあまりにも大きかった。レース翌日、判明したのは重度の屈腱炎。橋口調教師は「あの一戦で全ての力を使い果たしてしまった」と涙ながらに語った。まさに命を削って勝利を掴み取った、美しくも悲しい究極の引退レースとなったのである。

Royal Touch
THE ARCHRIVAL
DESTINY

ROYAL TOUCH

ロイヤルタッチ

同じサンデーサイレンスを父に持ち、共に「サンデー四天王」と呼ばれた宿命のライバル。

3歳春、ラジオたんぱ杯ときさらぎ賞でダンスインザダークを真っ向から破ったのは、このロイヤルタッチだった。ダンスが「未完成の天才」だった頃、常にその前に立ち塞がる壁として君臨した優等生。

しかし、舞台がクラシックの最終章・菊花賞へと移った時、立場は逆転する。最後、外から飛んできた漆黒の閃光にねじ伏せられ、クビ差届かなかった銀メダル。二頭が火花を散らした1996年のターフは、サンデーサイレンス時代の幕開けを象徴する、最も熱い季節だった。

1996菊花賞
1stダンスインザダーク
vs
2ndロイヤルタッチ

燃え尽きた漆黒の閃光

燃え尽きた漆黒の閃光

わずか8戦。その短いキャリアの中で、ダンスインザダークが放った輝きは、あまりにも強烈で、あまりにも儚いものだった。「サンデーサイレンス初期の最高傑作」と呼ばれたその馬は、漆黒の馬体を躍動させ、見る者すべての魂を揺さぶった。

ダービー、届かなかった栄冠

橋口弘次郎調教師が「この馬でダービーを獲る」と公言し、絶対的な自信を持って臨んだ東京優駿。1番人気に応え、直線で力強く抜け出した時、関係者の誰もが、そして武豊騎手さえもが勝利を確信した。しかし、大外から飛んできたフサイチコンコルドという「新星」に、クビ差だけ屈した。橋口師は新幹線の帰り道、どうやって帰ったか記憶にないほど打ちひしがれたという。その敗北が、彼をさらなる覚醒へと導くことになった。

淀の奇跡と、空白の20秒

迎えた菊花賞。それは、雪辱を誓う男たちの執念の舞台だった。地下馬道で武豊が「勝ってきます」と言い残し本馬場へ向かう。レース中盤、馬群に包まれ完全に進路を失ったダンスインザダークの名が、実況から消えた。絶望的な「空白の20秒」。しかし、彼はそこから不可能な進路をこじ開けた。外へ持ち出した瞬間に見せた爆発的な加速。ロイヤルタッチを、フサイチコンコルドを、すべてを飲み込む「光速の末脚」。ゴール板を駆け抜けた瞬間、彼は真の王座へと辿り着いた。

美しき終幕

だが、その代償は過酷だった。全てのエネルギーをあの一戦に注ぎ込んだかのように、翌日、彼は屈腱炎を発症し引退を余儀なくされる。古馬としての夢は潰えたが、彼は種牡馬として、ザッツザプレンティやデルタブルースといった菊花賞馬を送り出し、自らのスタミナと情熱を次世代へと繋いだ。一生を賭けた一瞬の輝き。ダンスインザダークという名は、これからも「究極の瞬発力」の代名詞として、ファンの記憶のなかで踊り続けるだろう。

「あんな脚は見たことがない。馬券は外れたが、最高のレースを見た」
――当時のファンの述懐より

漆黒の彗星が駆け抜けた1996年の秋。私たちは忘れない。あの「空白の20秒」の後に現れた、世界で一番美しい閃光を。