12戦、全て連対。その数字が物語るのは、単なる能力の高さではない。一歩も引かない、誰にも前を譲らないという、気高いまでの自尊心である。ダイワスカーレット。彼女が駆け抜けた2000年代後半は、日本競馬が「牝馬の時代」へと大きく舵を切った歴史的転換期であった。その中心で、彼女は常に赤いメンコをなびかせ、圧倒的な先行力でライバルたちを絶望させてきた。
「幻の三冠馬」の血が騒ぐ
彼女の物語は、父アグネスタキオンが果たせなかった夢の続きでもあった。四戦無敗で皐月賞を制しながら、怪我に泣いた父。その天賦のスピードと、脆さと背中合わせの爆発力を受け継いだ彼女は、デビューから一気に頂点へと駆け上がる。しかし、春のオークスを感冒で回避するなど、彼女の歩みも決して平坦ではなかった。だからこそ、秋に見せたあの「常勝」の姿は、血の宿命を塗り替えようとする執念のようにさえ見えたのだ。
2センチメートルの残像
多くのファンが彼女を語るとき、避けて通れないのが2008年の天皇賞(秋)だ。宿敵ウオッカとの一騎打ち。直線、一度は完全に抜け出された。普通ならそこで終わる。しかし彼女はそこから差し返した。ゴール板、二頭の鼻面は完全に入れ替わっていた。わずか2cmの差で敗れたとき、彼女が見せた表情は、敗北の悔しさよりも、全力を出し切った者だけが持つ神々しさに満ちていた。あの瞬間、彼女は「完璧」を超えて「伝説」となった。
美しき幕引き、そして母へ
引退レースとなった有馬記念。彼女は影すら踏ませぬ逃げ脚で、中山の直線を独走した。2分31秒5。前年の自身を凌駕するタイムで、37年ぶりの牝馬制覇を成し遂げた。その後、故障により突然の引退。100%の連対記録を保持したままターフを去る姿は、あまりにも潔く、そして美しかった。彼女は今、母としてその血を次世代へ繋いでいる。彼女が残した「完璧」という名の軌跡は、これからも色褪せることなく、日本競馬の至宝として語り継がれていくだろう。
「彼女ほど負ける姿を想像できない馬はいなかった」
―― 多くのファンが共有する、唯一無二の記憶
私たちは忘れない。常に最前列で風を切り、ライバルたちの挑戦を真っ向から受け止めた、あの誇り高き栗毛の女王を。ダイワスカーレット。彼女が示したのは、速さだけではない。「負けない」ことの難しさと、それを成し遂げ続けた者にだけ許される、気高き美学だったのである。




