ミホノブルボン:鉄の意志を宿したサイボーグ
Mihono Bourbon

The Cyborg Mihono Bourbon

「鍛錬」という名の魔法が、
サラブレッドを機械に変えた。

PROFILE

生誕1989.04.25
調教師戸山為夫 (栗東)
主戦騎手小島貞博
通算成績8戦7勝 [7-1-0-0]
主な勝鞍 東京優駿 (G1)
皐月賞 (G1)
朝日杯3歳ステークス (G1)
京都新聞杯 (G2)、スプリングS (G2)

PEDIGREE

FATHER
マグニテュード
(愛) 1975
Mill Reef
Altesse Royale
×
MOTHER
カツミエコー
(日) 1983
シャレー
ハイコンバット

父は未勝利ながらミルリーフの直子という良血。母系は目立たない血統であり、当初は短距離向きと評価されていた。しかし、戸山調教師の「スタミナは鍛えて作るもの」という信念に基づき、血統の限界を坂路で超えてみせた。

CAREER RECORD

全レース成績

TOTAL: 8 RUNS 7 - 1 - 0 - 0
DATERACE NAMECOURSE / DIST.JOCKEYRESULT
1992.11.08菊花賞 (G1)京都 / 芝3000m小島貞博2nd
1992.10.18京都新聞杯 (G2)京都 / 芝2200m小島貞博1st
1992.05.31東京優駿 (G1)東京 / 芝2400m小島貞博1st
1992.04.19皐月賞 (G1)中山 / 芝2000m小島貞博1st
1992.03.29スプリングS (G2)中山 / 芝1800m小島貞博1st
1991.12.08朝日杯3歳S (G1)中山 / 芝1600m小島貞博1st
1991.11.233歳500万下東京 / 芝1600m小島貞博1st
1991.09.073歳新馬中京 / 芝1000m小島貞博1st
CAREER HIGHLIGHTS

鋼鉄の証明

01
New Horse Race
5-5
1991.09.07 / 中京 1000m

THE IMPACT

3歳新馬

栗毛の怪物がそのベールを脱いだ。中京の短い直線を、次元の違うスピードで駆け抜ける。58秒1という驚愕のレコードタイム。上がり3Fの33.1秒は、2着馬を1.6秒も引き離す異次元の数字だった。この日、伝説の「サイボーグ」が産声を上げた。

TIME
0:58.1
LAST 3F
33.1
02
Tokyo Yushun
15
1992.05.31 / 東京 2400m

PURE DOMINANCE

第59回 日本ダービー

血統的に距離が持たないという外野の声を、彼はその鍛え抜かれた肉体で黙らせた。道中を完璧なラップで刻み、直線でも脚色は衰えない。2着ライスシャワーに4馬身の差をつける圧勝。無敗の二冠達成。戸山調教師の「スパルタン教育」が正しかったことが、日本競馬の最高峰で証明された。

1着 ミホノブルボン 2着 ライスシャワー
03
Kyoto Shimbun Hai
7-10
1992.10.18 / 京都 2200m

RECORD BREAKER

第40回 京都新聞杯

三冠への最終リハーサル。彼はただ強いだけでなく、もはや精密機械のようだった。2分12秒0という中央競馬レコード(当時)を叩き出し、ライバルたちを絶望の淵へ追い込む。誰の目にも、三冠制覇は揺るぎない事実に思えた。

TIME
2:12.0
STATUS
RECORD
04
Kikuka Sho
8
1992.11.08 / 京都 3000m

THE LAST RUN

第53回 菊花賞

未知の領域である3000m。逃げるブルボンに「黒い刺客」ライスシャワーが襲いかかる。直線、必死に粘るブルボンの脚が、わずかに鈍った。1馬身1/4差の2着。三冠の夢は潰えたが、その壮絶な逃げ脚は、見る者すべての心を震わせた。

1着 ライスシャワー 2着 ミホノブルボン
DATA ANALYTICS

極限の
スパルタン調教

ミホノブルボンの強さは、栗東の「坂路」で形成された。通常の馬が1日2〜3本の登坂で音を上げる中、戸山調教師は彼に1日4本のハードメニューを課した。この過酷な鍛錬に耐え抜いたことで、短距離血統と言われた彼に、3000mをも走り抜く驚異的なスタミナと、鉄のような筋肉が宿ったのである。

4 REPS

HILL TRAINING

1日の坂路調教本数

※当時の平均は2〜3本

TRAINING VOLUME

「サイボーグ」の源泉
AVERAGE HORSE 2.5 reps
STANDARD
MIHONO BOURBON 4.0 reps
HARD CORE
EFFORT GAP +60%
OVER LIMIT
他馬との調教量差
BOURBON
僕を男にしてくれたミホノブルボンに、
心からお礼を言いたい。
主戦騎手 小島貞博
皐月賞勝利インタビューにて
馬はもともとスプリンター。
それを鍛えてどこまで伸ばせるか。
調教師 戸山為夫
自身の調教哲学を語る
FAN VOICES

ファンからの声

S

あの頃、ブルボンが坂路を登る姿を見るだけで背筋が伸びました。逃げ馬なのに後半もバテない、まさに精密機械のような美しさがあった。

R

菊花賞で負けた瞬間、京都競馬場が静まり返ったのを覚えています。でも、あの敗北すらも彼の伝説を語る上で欠かせない美学でした。

G

ウマ娘から入りましたが、実在したブルボンの過酷な調教エピソードを知って驚愕しました。彼の強さは努力の結晶そのものですね。

BEHIND THE SCENES

秘蔵エピソード

「サイボーグ」と呼ばれた彼の、熱い命の物語

01

母カツミエコーの奇跡

ブルボンの母カツミエコーは、繁殖成績が振るわず一度は殺処分の危機に瀕していた。しかし、牧場主の妻の猛反対により処分が一年延期される。その間に生まれたブルボンが朝日杯を制し、母の命を救ったのだ。彼の走りは、母の命を繋ぐための咆哮でもあった。

02

食事への異常な執着

ブルボンは凄まじい食欲の持ち主で、食事中に人が近づくと激しく威嚇したという。担当の安永氏ですら恐怖を感じるほどの執着心。しかし、この「食べる才能」こそが、並の馬なら壊れてしまう戸山流スパルタン調教を支えるエネルギー源となっていた。

Rice Shower
THE ARCHRIVAL
DESTINY

RICE SHOWER

ライスシャワー

「漆黒のステイヤー」と呼ばれたライスシャワー。彼はブルボンが築き上げようとした無敗三冠という牙城を崩すため、影のように背後に潜み、最後の直線で牙を剥いた。

二頭の対決は、究極の「鍛錬」対「血統」の構図でもあった。敗れたブルボン、そして後に非業の死を遂げるライスシャワー。

戦いを終えた二頭の間には、言葉を超えた戦友のような絆があった。この二頭がいた1992年のクラシックは、日本競馬史上最も切なく、最も美しい秋として記憶されている。

1992菊花賞
2ndミホノブルボン
vs
1stライスシャワー

鋼鉄の意志、栗毛の記憶

鋼鉄の意志、栗毛の記憶

1992年、その馬は「サイボーグ」と呼ばれていた。感情を殺し、機械のように正確なラップを刻み、他馬を寄せ付けない逃げを見せる。しかし、その鋼鉄のイメージの裏側には、血の滲むような、あまりにも人間臭い努力の物語が隠されていた。

師弟の絆と、栗東の坂路

戸山為夫という不世出の指導者と、小島貞博というベテラン騎手。この二人の執念が、ミホノブルボンという作品を作り上げた。戸山は信じていた。「スタミナは後から付けられる」と。その実験台となったのが、短距離血統と揶揄されたブルボンだった。毎日、他の馬が逃げ出すような坂路の4本追い。彼はそれに耐えた。一歩一歩、筋肉を鎧に変え、肺活量を極限まで高めていった。その姿は、走るというよりも、何かに挑んでいるようだった。

夢、潰えてなお輝く

無敗のまま挑んだ菊花賞。3000mの壁は、ライスシャワーという刺客となって彼の前に立ちはだかった。三冠の夢が消えたあの瞬間、ブルボンは初めて「馬」に戻ったのかもしれない。その後、度重なる故障により彼はターフに戻ることはなかった。しかし、その短い競走生活は、記録よりも記憶に深く刻まれた。

永遠のサイボーグ

「鍛錬」は人を、そして馬をどこまで高みに連れて行けるのか。ミホノブルボンはその答えを私たちに残してくれた。1000mをレコードで勝ち、2400mを圧勝し、3000mで散る。その全てのステップに、戸山調教師の汗と小島騎手の涙、そしてブルボン自身の不屈の魂が宿っていた。

「馬は鍛えれば、どこまでも強くなる。彼はそれを、命をかけて証明してくれた」
――競馬関係者の回想より

2017年、彼は静かにこの世を去った。しかし、今も栗東の坂路には、彼の蹄音が響いているような気がする。機械のような正確さで、しかし誰よりも熱い命を燃やして駆け抜けた、栗毛の超特急。ミホノブルボンという伝説は、これからも私たちの心の中で走り続けるだろう。